|
どうやったら電気が点くんだ、これは。
無骨な鉄っぽいドアを開けると、暗がりの向こうに見えるのは三畳ぐらいの湿っぽい部屋と、その半分は占めようかという安っぽいパイプベッドだった。まるで独房のようだ。そう感じるのは、窓がないからだとすぐ分かった。しかも、暗い。電気のスイッチというものは、大抵出入り口のそばの壁についているものだ。たとえ千年の年月が流れても、この人類の叡智は変わるまい。
そう思って壁伝いに手探りで電灯のスイッチを探るが一向に見当たらない。部屋の中央に紐でもぶら下がっているのだろうか。部屋の中央に行こうとして、足元にちょうど脛の痛いところに激突する高さの固いものがあるのに気づかず、当然気づかなかったのだから脛の一番痛いところに強くぶつけてしまった。
(ゴン)
鈍い音が狭い部屋にこだまし、脛を押さえて壁にもたれかかった。痛い。大変痛い。目の前がちかちかする。この手の痛さは筆舌に尽くしがたい。声も出ない。目の端が潤んでいるのを感じる。
悶絶するうちに部屋のドアが閉まってしまった、かと思うと、部屋の電灯が俺を照らした。どういう仕掛けになっているのだ、これは。
気を取り直して立ち上がると、俺に激痛を見舞った鉄の箱が、たから箱でござい、という表情で、でんと部屋の中央に置いてある。何も鉄でなくてもいいだろう。ダンボールか何かはこの社会にはないのか。
箱を開けるときは、まず罠があるかどうかを調べる。基本だ。しゃがみこんでいろいろな角度から箱を観察したが、何かが飛び出してくる気配はない。思い切って開けてみると・・・箱の中に入っていたのは、遺留品だった。
ついこの間のことのように思い出す。俺はいったん死んだのだ。箱の横に座ると、むさぼるように中身を漁った。引越し用のダンボールよりも二回りも小さい鉄の箱は、まるでタイムマシンのように俺の過去を引きずり出してきた。
八時十分で止まったままの、愛用の目覚まし時計。好きだったアイドルのカレンダー。実家で着ていたトレーナーの上下。少し欠けた藍色の茶碗に、箸。おお、枕もある。ばあさんが東京に出てくるときにくれた学業成就のお守り。高校時代に使っていた籠手も入っている。英語の教科書と単語帳。親父に貰った大きな十徳ナイフ。あまりの懐かしさに、しばし陶然とする。
妹の智子が俺の十九歳の誕生日の時にくれた、万年筆も入っている。智子。今頃元気でやっているだろうか。そう思って、頭を振った。いまは千年後だ。元気でやっているはずがない。万一元気でやっていたら、今頃千十六歳だ。ありえん。デーモン夕暮じゃあるまいし。そういや、智子に彼氏ができたとかいって、級友とつるんで殴りに行ったっけ。きっと、あの後、高校を卒業して、お袋の店を手伝って、きっといい奴と結婚して、子供でも生んで・・・死んだんだろうな。
理沙から貰ったペンダントも入っている。デートしているときに、神社の近くにある出店にいた妙な占い師だかが二つくれたお揃いのペンダントだ。”開運のペンダント”だと言われて、俺は胡散臭いと思っていたのだが、何故か理沙は気に入って毎日つけていた。俺の記憶にあるとおり、千年の時を超えて、淡いオレンジに輝いたまま、いま俺の手元にある。何だかしっとりと目元が緩んできた。着ている学ランのボタンを外すと、首にペンダントをかけた。
最後に、俺が使っていた財布が入っている。金がなくて、仕方なく理沙を送る途中で事故ったのだから千円札一枚も入っていまい。と思いつつ中を確かめると、何故か福沢諭吉が何人も、札入れの中から俺の顔を覗き込んでいる。何故だ。もう一度、札を確かめようとして、封筒がひとつ、入っているのに気がついた。慌てて封を破り、中を改めた。
『幸司。これをお前がどんな場所で読むのか想像がつかない。ひょっとしたら読めないまま燃えてしまうのかも知れないが、そんなことはどうだっていい。いま俺は、お前と一緒に亡くなった、理沙さんの告別式に伺う車の中で書いている。昨日から夜通し、理沙さんの親御さんにお詫びし続けたが、お許しを頂けそうにもなさそうだ。線香だけでも、香典だけでもと思って、タクシーに乗っている。
俺は、お前を東京に送り出したことに後悔はしていない。正直な気持ちだ。お前は、きっと二十年を思い切り生きただろう。受験勉強して、恋をして、バイトに明け暮れていたことだろう。お前は俺の子だ。全く心配していないよ。
生憎、俺が東京に着いたころには遅かった。看取ってやれなかったことを許しておくれ。ただ、お前を担当したお医者さんが、医学の発展のためにお前を使いたいというので、俺の一存で許可しておいた。遺体の保存状況さえ良ければ、ひょっとしたら、とのことだった。だから俺は、万一の希望に託して、これを書いている。
もし駄目だったとしても、俺は悲しまない。警察の人に聞いたら、理沙さんはお前の手を固く握ったまま亡くなっていたそうだ。きっと、次の世の中でも理沙さんと二人で、仲良く暮らしていけることだろう。母さんも智子も、ひどく取り乱していて大変だが、この後のことは大丈夫だから任せておいてくれ。
ああ、それと、わずかばかりだがお前の財布に金を入れておいた。手ごろな貧乏は人を奮い立たせるが、どうしようもない貧乏は人を惨めにさせる。どんな時も、どんなことがあっても、常に現実を見詰めて、お前らしく笑って暮らせ。くれぐれも、理沙さんをよろしく頼む。 父・鉄三』
親父らしい、汚い字が、涙でかすれて潰れたまま、頭の中で反響している。短い手紙を何度も何度も読み返しながら、涙が手紙に落ちないように、そのままの体勢で床に寝転んだ。
親父とは良く喧嘩したし、口も利かず、親父の東京に行けという言葉を幸いに家を飛び出したはずなのに、こうなると親父がかつて言っていた言葉の一つひとつが、重い。
・・・とはいえ、いつまでもこうやって転がっていても仕方ない。俺は、宮本幸司であって、宮本幸司ではもうないのだ。前に進む他、方法はない。
万年筆を胸に挿し、財布とお守り、ナイフをポケットに入れると、枕をベッドに置いた後、丁寧に思い出の品を鉄の箱の中にしまっていった。箱を閉めるのに少し戸惑ったが、少し息を吐き出しながら、感情を押しやるように閉じた。
感傷の余韻に浸る間もなく、ドアが激しく叩かれた。学ランの袖で顔を拭うと、俺は立ち上がった。誰だろう。
「おい、いるんだろう」
ドアは力強く叩かれ、それに反響して小さな部屋がビリビリと揺れる。
「誰だ」
「おお、いるいる。ちょっと開けてくれ」
「だから、誰だ」
不審だ。不審すぎる。しかも、やけに馴れ馴れしい。だが、犯罪者にしては堂々とドアをノックしている。訪問販売か何かだろうか。とりあえずドアを開けてみると、そこには眼鏡をかけた小太りの男が、俺と同じ学ランを着て激しくノックしている進行形だった。
「おーお、君が宮本君かあ」
「どこの誰だ、お前は」
「誰とはご挨拶だなあ、君の親友にして隣人にしてこれから同志となる初芝様だよ」
「はあ」
「本来なら越してきた人間が挨拶に来るのが基本だが、今回は特別にこの俺が出向いてやったのだ、ありがたく思ってくれたまえ」
「・・・お前、酔ってるだろ」
「くっ、貴様ぁ、何故この俺の秘密に迫る?」
「明らかに息が酒臭い。顔も赤いし、足はふらついてるし、品もない」
「分かってないなあ、歓迎しているんだろうがー。さあ、いこうか」
初芝は俺を引っ張る。どこへいこうというのだ、いったい。
「ちょっと待て」
「なんだね」
「なぜ、俺が宮本だと知っている?」
「ドアに書いてあるではないか」
「そうだったのか。で、実は折り入って訊きたいことがあるんだが」
「なんだ、何でもいってくれたまえ」
「電気ってどう消すんだ?」
--
シンシアも言っていた通り、住居から繁華街までは歩いて五分とかからなかった。初芝はよろよろとした歩様で、まさに千鳥足といった按配だ。
「おー、ここよ、ここ」
初芝は赤いネオンが輝く店に入ろうとする。見上げると「養老のナイアガラ」とある。どうみても居酒屋かその類だ。
「おい、初芝。まだ飲むのか」
「あったりまえだろーが。新しい友人が来た。これを祝わずに打席に入れるかってんだよ」
「そういうもんなのか」
少し照明を落としてある店内には、小洒落たテーブルに林立したビンやコップが並び、まだ夜は始まったばかりだと言わんばかりの大勢の人が、話を肴に酒を楽しんでいた。店に入るなり、客は会話を急にやめ、こっちを見ている。しかし、初芝は気にする様子もない。
「宮本、こっちだよこっち」
初芝は慣れた感じで奥に歩いていくと、個室と思しき部屋に入っていった。初芝について個室のやや低くなった入り口をくぐると、そこでは学ランを着た男たちが酒盛りをしていた。
「宮本幸司さまご案内〜」
初芝が叫ぶと、座にいた三人がグラスやジョッキを掲げて、お〜っ、と気勢を挙げた。俺は芸者か見世物か何かか。
「やあやあ、死者の宴によ〜こそ〜」
どうやら初芝は宴会部長であるらしく、音頭を取っては速いペースでぐいぐいとコップをあおっている。待てよ、死者の宴ってのは、いったい。何だか居心地の悪さを感じつつも、あいていた手前の椅子に腰掛けた。
「ねえ、いつ生き返ったんだい」奥の座に、テーブルに埋もれるように座っていたチビが話しかけてくる。「あ、そうだ、先に自己紹介タイムだな」
「おっ、いいねえ〜。死者の喜び、今ここに。日本の命運を担う過去を失った男たちの感動の出会いの場面だ。かーっ、こりゃ燃えるねえ」
初芝ってのは良くしゃべる男だと言うことだけは良く分かった。
俺の左側に座っていた、変な眼鏡をかけた男が立ち上がった。「じゃ、俺から」
「よっ、色男!」
「初、うるさい。俺は小宮山だ。コミーと呼んでくれ。死因は過労死。二十六歳のときだった」
「ああ、こいつは理屈っぽいけど理屈は全部外れるから聞き流すのがコツだな」
「ふん、盛り上がるだけが能の男に言われたくないな」
「じゃあ次。そこの変質者」初芝は次々と仕切る。
「あー。俺園川」
「こいつは水死だ。きっと水ぶくれのどざえもんだったんだぜ」
「ま、そんなんでいいや」
「気力や迫力や努力といった言葉から最もかけ離れた男だ」
「でも魅力的だろ」園川は肩をすくめて首を左右に振った。
「で、こっちのチビ」
「俺は堀って言うんだ。マンションから落っこちて死んじゃったよ」
「見た目はチビだが、これでも二十四歳だ。自殺ならまだしも、衛星放送のアンテナをいじってて落ちたんだってよ」
「初芝ぁ〜。このデブ助。お前なんか、階段で落ちて死んだんじゃないか」
「そうそう、それが傑作でさ」初芝は大笑いしながら酒を飲み干す。「一階から二階に、ビデオデッキ運んでたんだよ。そしたら、後ろにふらっと。いや〜、我ながら豪快な死に様だったね」
「それで、それで、宮本はいつ復活したんだよ」
「昨日」
座に「おお〜っ」といううなり声が響いた。
「まさに死にたてのホヤホヤだね」堀が感心したようにいう。
「じゃ、あれか、いままさに傷心真っ盛りって感じか」小宮山が俺の方に手を置いて、何故だかうなずいている。「若い。君はまだ若いな〜」
「おーい、こっちビール! 五本! いや、六本!」初芝が叫ぶ。
「またビールかよ」
「園川ぁ〜。まだ分かってないのか。たくさん飲んで、たくさん泣く。いまの宮本にはそういう心遣いが必要だと思わんのかね君は」
「ま、俺の経験からすると全治一週間って感じだな」小宮山はまだ納得している。
「いや、案外尾を引くもんだぞ。俺なんか、まだかみさんと子供のことを思うと寝られない」
「園川らしくないけど、その通りだな」
「お前らは女々しい!」初芝はまた叫ぶ。「俺なんかもうとっくの昔に忘れたぜ」
「宮本、こいつの言うとおりにしてると、人でなくなるぞ」園川は親身になってそう言う。
なるほど、みんなそれぞれの過去と決別しようとして、お互い理解しあうことで心の錆を落とそうということなのか。新人である俺を、敢えて無理矢理引っ張り出したのも、彼らが彼らなりに考えてのことなのかも知れない。
「これで、俺たちのクラスの落ちこぼれがまた一人増えたってわけだ」初芝は運ばれてきたビールをビンのまま飲んだ。
「なあ、クラスって何だ? 何をこれからやればいいんだ?」
「俺たちはこれからほかの星にいって、人が住めるようにするのが役目なんだよ」
「そうそう、俺たちはオールドタイプ。いまの恵まれた環境でしか生きられない新人類様ではできない開拓をこれからやることになるんだ」堀は、入り口の向こうにたむろしている客を指差しながら言った。
「だが、これから地球とその開拓した星の間で戦争になるらしいじゃないか」
「おう!」初芝は空になったビンの口を名残惜しそうに覗き込む。「めでたいことだ。これで俺たちも晴れて”戦争を知る子供たち”になったわけだぞ。派手にドンパチやってもらって結構結構」
「初の呑気さにはついていけないね」園川はまた首を振る。
「まあ、事情が事情だそうだから無事には済むまい」小宮山は少し姿勢を正した。「が、いまの俺たちは籠に入れられた鳥も同然だ。飼い主が無事であることを祈る他ない」
「俺も、昨日からずっとそれを考えていた」
「ほう?」
「未来の技術にはとても驚かされた。素直に感心した。それでも、いくつか疑問に感じることがある」
地球連邦は、各国政府の上に位置する事実上最高の行政機関だ。その象徴として、ビッグマザーという旧式のコンピューターが座り、実際の政務は新型の”モノリス”が担当している。コンピューターの命令でエネルギーの削減計画が進められ、開発星系や宇宙コロニーの一部と地球が戦争状態になるという。戦争するのが人間同士なら、削減されるのも人間ということになる。
「それは俺も思う」小宮山はうなずいた。「ビッグマザー。随分いまの連中には人気がないようだが、あれが取り仕切っていた時は環境を改善し、人口を保持するために稼動し続けていたという」
「古くなって、おかしくなっちゃったんじゃないの?」
「それも可能性としてある。堀の言うことも一理ある。だが、よくよく考えれば自動回復機能を持つ”モノリス”たちが、自分たちのエネルギーを分け与えてまで人間を生かしておく必要もまた乏しい」
「そうなんだ」俺もそう思う。「実は、ここまで技術が進歩したいま、コンピューターは自らの意思を持って己を進化させうる。人間とコンピューターの間には、もはや利害関係が成立していない」
小宮山は、目を細めて俺を見た。と同時に、ひとつ、異変に気がついた。場が、静かだ。
「おーい、起きて」堀が初芝を揺する。
「んがっ」
「やばい、完璧に潰れる五秒前」
「そろそろおひらきにするかい?」園川が立ち上がりかけるが、構わず小宮山は話し続ける。
「だが、矛盾することがある」
「何だ、それは」
「紛れもなく、ビッグマザーが日本政府に指示を出して、俺たちは現にここに復活している」
そうなのだ。いま、俺は明らかに何らかの目的でここに座って酒をかっくらっているのだ。目的は、彼らの言うとおりなら未開発の星系を開拓し、人間が住めるようにすること。そして、ビッグマザーは脳波で話す不思議な<力>を持つ少年を使者にして、俺にこの金色に輝くカードを託した。そのことを言おうとして・・・やめた。
個室に別の問題が発生していた。
「うわっ、初が吐いた!」
何ともいえぬ液体の落下音が断続的に聴こえる。人を誘っておいてふざけんなと思ったが、同じ境遇にいる人間にいち早く出会えて、少し初芝に感謝した。
「まあ、どうせ宮本とは毎日勉強漬けになるわけだからな、今日はこの辺にしておこう」小宮山は黄色いガラスの眼鏡の奥の眦を開いて言った。
「さ、ボチボチ引き上げよう。おい、初、帰るぞ!」園川は初芝を引っ張り上げると、堀が慣れた手つきで初芝を抱えあげる。
「ここんとこ、連続轟沈中だね」
「というか、やらかし過ぎだ」
「宮本はどうする?」
「俺、少しこの辺をぶらぶらしてみる」
「そうか。でも気をつけるんだぞ」小宮山は顔を近づけた。「俺たちは、オールドタイプだ。あまりいまの連中に快くは思われていない」
「分かった」
店の前で、酔っ払いを介抱しながら立ち去る四人の背中を見送ると、住居とは反対の方向へと足を向けた。
色とりどりの看板が道行く人に絶え間なく入店を呼びかけ、飲み足りない人々のもう一軒回るか帰路につくか悩む心を激しく揺さぶり続けていた。夜の渋谷と変わらない、唯一違うとすれば、やけに低い空と、歩いていて感じる、ちょっとした重力の違和感だった。
確かに足は地面についているし、自分の体重も正しく感じているのだろうが、あくまで下の方向に向かって重力がかかっているという一点においてのみ同一なのであって、下という方向を含むあらゆるベクトルが働いているようなのだ。気にしすぎ、だろうか。
数百メートルほど、街の景色を眺めながら歩いていると、大きなビルのショウウインドウがひときわ派手な虹彩を投げかけ、その高級感と存在感を際立たせていた。道行く人が歩みを止め、ショウウインドウに魅入っている光景がさらに街の一角を媚薬を振りまいた娼婦のように浮き出ている。ふと見上げると、ショウウインドウの中には”アノニマス・フィールド”という緑と青のロゴが、まるで人々を吸い寄せるかのように輝いていた。
そういえば、るながこの店のディスプレイを張り付くように覗き込んでいたのを思い出した。相変わらず、首のない肢体が小奇麗なドレスを着て動き回っている。着ているものはともかく、いつ見ても奇怪だ。それでも俺はしばしそれに見入ったが、何となく店に入る勇気が出なかった。そんな俺の脇を、腕を組んだカップルが仲睦まじく入店していく。
・・・ちくしょう。何故だか無性に腹が立って、俺はその場を離れて、もっと奥へと進もうとした。ふと、ビルとビルの間に目が行くと、そこの路地には男が一人、雑踏を避けるように酔い潰れ、ビルを背もたれに座っていた。
男は、手に持ったビンを時折口元に持っていくが、もう一滴も残っていないようだった。声にならない小さな罵声が漏れている。男は、ふっと目線を上げて、俺を見た。
「よう」
「やあ」
思わず口をついて出た挨拶は、ほぼ同時に二人の間を交錯した。まだ若い。暗がりの中を輝くように光る金髪に、透き通るような青い瞳。
「そこの猿(オールドタイプ)。俺に何か用か」
「猿に喧嘩を売るってことは、猿と同レベルってことだな」
男は響く声で笑った。少しふらつきながらも立ち上がる。
「ちょうど退屈してたんだ。付き合えよ」
「金ならねえぞ」
「勘違いするな。おごってやるよ」
男は右手を差し出す。俺は若干の間があって、その手を握った。男は顔をしかめる。
「猿。力が強いな」
「俺は猿じゃない。宮本だ」
「ふん、俺はクリーク。ダン・クリークだ」
「偶然の出会いに乾杯、っていったところか?」
「面白い男だな、お前は」
クリークはゆかしげに笑った。こいつ、何がおかしいんだろう。
「俺は今夜中にこのコロニーを出るんだよ」
「うん?」
「だから、名残惜しい気分でこうして思い出を作ってるってわけさ」
「気の毒な趣味だな」
「どうだ、一杯きついのをやりにいこうか」
クリークは、さらに路地の向こうを親指で指すと、軽くウィンクをした。まさか、モホではあるまいな。そんな疑念を頭の隅っこに抱きつつ、クリークの後をついていった。
|