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Chapter 1-12

『残念ながら、貴方たちの存在はまだ小さく、弱く、何もすることはできません。大空を飛ぶことはできても大空を超えることはできず、広大な山野を狩りして回ることはできても山野を襲う大風をしのぐことはできません。でも、貴方たちには可能性という最大の武器があります。鳥にも猫にも、そして私たち人にも、その一代が持つ可能性、そして、この惑星に大きく広がるその末裔たちの可能性を束ねることによって、いかなる難局も踏み越えられると、私は信じています』

−− ミグ・ホステトラー 『クレディア総合学園 開校式の言葉』 347年 3月20日


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 吉永は退屈していた。

 ダハル・オーサ率いる主力艦隊が去った後、彼は補給部隊の責任者として軍務に精励しなければならない身であったが、ダルい。どうにも仕事に集中できない。思わずパーソナルモードにコンソールを切り替えて、競馬予想に熱中してしまう。

 吉永はひとつ疑念を抱いていた。

「俺は、戦力外になってしまうのではないか」

 このままでは辺境警備にでも回され、檻に入れられてしまう。辺境警備といえば楽そうな仕事に感じるが、実際のところ僻地の守備は大変だ。他の開発星系は何でも揃っている月面基地と違って、全てを自分でやらなければならない。兵装の維持、偵察、叛乱勢力の監視、通信の傍受、ありとあらゆる業務が司令官の命令を待っている。

 いまいる月面基地の補給部隊といえば、必要な物資はコンピューターによって制御され、優秀な軍官僚組織がお膳立てをしてくれる。後は流れてくる書類を読んだふりをして裁可を下すだけで怒涛のようにあらゆる問題が解決されていくのである。そんな現状が吉永の腹回りに脂肪をつけ、たまに何かあって動くと足が痛み、目が充血するのである。

 ダハル・オーサ元帥は偉大な軍人だ。吉永はそうは思う。一時期は、吉永はダハル・オーサの寵愛を一身に受けていた。自分の後継者だと名指しされ、大規模艦隊を運用し、火力の大きい艦船で一撃のうちに敵を破壊する中軸だったのだ。吉永の放つ大型ミサイルは、敵に突き刺さるように大きな放物線を描いて死神の光を放つ。より大型のミサイルを運用するために、吉永の指揮する艦隊は機動力を犠牲にし、特に大型艦が配備された。

 吉永の暗転は、艦隊戦の戦術思想のブレイクスルーに気づかないことだった。低出力のレーザー砲を間断なく打ち続ける中型艦船を機動的に采配することで、ゲリラの戦力を磨耗させるという時代に対応できず、いつまでも狙いを定めて大振りし、大火力の大型ミサイルは敵の小さな艦船を一個一個撃破するうちに大損害を蒙っていたのだ。

 戦勝は重ねたものの、その損害の大きさ故に自信を失った吉永は、もはや吉永ではなかった。地位こそ少将まで上り詰めたが、高卒叩き上げの吉永にとっては満足すべきポジションとは思えなかった。しかしその間、自分よりもはるかに若い部隊長が続々戦果を挙げていく後ろで、吉永はせっせと武器弾薬を補給する側に回ると言う苦痛が、吉永を卑屈にさせていた。

「まあ、俺の人生はこんなものかな」

 そんな諦めとも慰めともつかない微妙な心情が、吉永の心の大部分を支配していた。

「少将」

 吉永のフロアに坊西中佐が敬礼の後で入ってきた。軍務のベテランである。ほとんど全ての業務は坊西に依存している吉永は、限りない笑顔で坊西を迎えた。

「指示のありました調達と配置は、ほぼ完了致しましたのでご報告致します」坊西は軍人とは思えない細い身体を反り返すようにして声を張り上げる。
「うん。ありがとう、坊西」吉永もまた軍人とは思えない軽い返事を返す。
「しかし、とうとう出立しましたな」
「俺としては、具体的に叛乱を起こしていない開発星系やコロニーに攻撃を仕掛ける必要はないと思っていたんだけど」吉永は腰をさすりながら立ち上がった。明らかに運動不足である。
「ダハル・オーサ艦隊の進行ルートにある公的移動サービスは全て停止をかけることになりました」
「それじゃ、戦火に巻き込まれる住民は疎開する手段を持たないじゃないか」
「はあ・・・ですが、そうせよと元帥から指令がありましたので」
「また随分人が死ぬなあ」吉永は脂肪の乗った腰を回した。
「第一戦は、斉藤少佐のようです」
「ああ、あのルーズショルダーか」
「ま、ミサイル百発限定でしょうな」
「それが彼の役目なのだ、仕方がない」

 坊西は、わずかに目を細めて覇気のない己の上司を見た。その意味にまったく気づかぬように、吉永は続けた。

「とりあえず、互角の勝負を一戦やって様子を見て、その後は物量作戦を展開しようという作戦かな」
「そう読みますか」
「うん」

 坊西は、目の前で腰を回している吉永が作戦会議にすら参加させてもらえていないことを知っていた。だが、さすがに戦況の読みは鋭い。

「あさってには全軍目的地近くには布陣するんだろう。恒星間通信を妨害して、敵位置の把握をやって、まあ開戦は四日後とかそんな感じだろうな」
「そこまで悠長に構えますかね」
「万全を期すにはそうだろうけど」吉永は今度は首をひねった。「最近の戦闘はスピーディーだからなあ。時代は変わるものだなあ」

 その時代に、貴官は置いていかれたのですよ。坊西は言葉にならない言葉を、この上司に投げかけると、心の中でそっと舌を出した。

「それでは、失礼します」
「うん。何か異常があったら連絡してくれ。俺は1900ごろからガンズルームで用事があるから」
「了解」

 用事とは、一人で競馬中継でも見ながら、ガンズルームで酒をあおることだろうに。それでも、上司がこういう人だから仕事がしやすい。坊西のオフィスに戻る足取りは軽やかだった。

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「そんな! そんな馬鹿な!」サキの甲高い抗議めいた声色が場を支配する。
「これは決定だ。俺にはどうにもならん」和田も、若干こわばった面持ちでサキを制するが、平尾やほかの隊員も反対の声を挙げる。
「そのまま見捨てると言うのが上の決定なのか? 何もしないで見殺しにするというのは、いくらなんでもありえない!」

 和田は、腕組みをしたままじっと動かない。こういうときは、和田は頑固になって意見に耳を傾けないことを、サキは良く知っていた。

「松坂隊をまた見殺しにするのか。潜入した先がダハル・オーサに攻撃されたら、さすがに持たないのは自明だ!」小関がそう叫ぶと、三十人あまりの隊員は口々に賛意を発した。「納得できる理由を教えてください、和田隊長!」

 帆足はちらりと和田を見る。和田はやはり動かない。帆足には分かっていた。自分が解析したデータが和田を通して上層部に報告され、いまの事態になっていることを。

 帆足は”白き獅子団”の上層部がどうなっているのかを知らない。ここにいる隊員は、和田を除き誰も分からないだろう。口の軽い上司であれば、どんな考えを持ったいかなる人物かを類推することも可能なのだろうが、よりによって無口を絵に描いたような和田である。まったくもって伺い知れなかった。それでも和田隊が隊員の支持を集めて結束しているのは、和田の戦闘能力の高さと、そこから来る生還率の高さ、そして何よりも和田の人間性によるところが大きかった。

 和田の横で、エイリアも黙って座っている。帆足は、どちらかといえばがさつなサキよりも、おとなしい美少女然としたエイリアに好意を寄せていたが、口に出して語ることはなかった。競争率が高すぎて、自分には縁がないものと思っていたからである。

 そのエイリアが、うつむいたまますすり泣き始めた。会議が空転し、怒声が沸騰すると決まってエイリアは怯えるのである。帆足もそれを察してうつむいた。

 このところ貧乏くじ続きの松坂隊を何とかしてやるべきだという主張が大勢を占めていた。会議室にある強化ガラスの向こうからは、わずかな太陽光に照らされた天王星の大気が薄緑の光をうっすら放ちながら、会議の光景を覗き込み微笑んでいる。

「分かっているところまで、事情を説明する」和田が意を決したように、低く、しかし強い声を発すると、いまのいままで騒々しかった会議室がしん、と静まり返る。とともに、そこにある全員が和田に視線を集めた。

「まず松坂隊」和田は話し始めた。「松坂隊は、その第一任務を敵要人との接触としている」
「敵要人? それは?」サキが問い返す。
「それは知らん」和田はキラリと頭を輝かせるとサキに即答した。「ここで無理に我々が介入すると、その接触を試みる敵要人が我々のスパイであることを悟られる恐れがあり、そうでなくとも接触が失敗に終わる可能性が高まる」

 小関は腕組みをした。まだ納得がいかないようだ。

「次に、敵の攻撃目標だ。ダハル・オーサ艦隊は、おそらく一両日中に木星・日本領ニューメンフィス付近を通過する予定だ。そこから先発隊を送り出すものと思われる」和田はあごをしゃくった。「恐らく先発は、斉藤だ」

 会議室に緊張が走る。小型艦艇を主力とする”白き獅子団”は、幾度となく斉藤により多大な損害を受けてきた。多くの同志を奪った斉藤に復讐したいと思う隊員も多い反面、斉藤には敵わない、と考える隊員もいる。

「我々の得ている情報が正しいとは限らない」和田は続けた。「情報がダミーである可能性もあると上層部は判断した。つまり、我々に偽情報を掴ませて松坂隊の増援という形で戦力を分散させようということが考えられる」
「でも和田隊長」サキは疑念を口にした。「サイキッカーで構成された松坂隊が、仮に斉藤艦隊と遭遇したら損害は免れ得ないわ」
「あと一両日中に、ダハル・オーサの攻撃目標を見極めたい」
「でも、逆に言えばそれがうまくいかなければ、松坂隊は・・・」

 じっとりとした空気が流れる。脱出用の艦船を用意しないことには、退却することも叶わず松坂隊は全滅を余儀なくされる。もし松坂隊が戦闘に巻き込まれた場合、救援を間に合わせることができるのだろうか。

「最後に・・・」和田は帆足を見た。「敵の新兵器開発の概観が、おおむね掴めてきたのだ」
「なんだって?」

 隊員の間にどよめきが走る。地球連邦がサイキッカーによるゲリラ活動を根絶すべく、鋭意開発しているという話だけが先行していた兵器の存在が分かったとは。

「まだ疑惑、というレベルだが」和田は一層の低い声を搾り出した。「その疑惑が正解である確率は極めて高い」
「何なの? 和田隊長、それは何なのよ?」サキが和田を問い詰めるように訊ねると、和田は頭の輝きを増しながらサキを見据えた。
「日本政府プロジェクト・・・『いたこ2号』だ」

 さらに重苦しい空気が会議場を押しつぶす。隊員全員が押し出す思念が渦巻き、共鳴しているのがサキには分かる。隊員一人ひとりの息遣いが聞こえるほどの沈黙が、まるで無音の宇宙空間に放り出されたかのように和田隊を包み込む。

「うわああああぁぁぁっ」

 突然、張り裂けるような悲鳴を上げて、エイリアが沈黙を打ち破った。

「何故? 何故なの? 何故人が、人同士が殺しあわなければならないの? 私が、貴方たちが、彼らが、どんな罪を犯したというの? いったい何をしたというの?」両耳を押さえるように頭を抱えたまま、エイリアは泣いているとも悲しんでいるとも言えない成分を含んだ声で叫ぶ。「嫌よ。わたし、そんなの絶対に嫌。お願い。ねえ、お願い、誰か助けて!」

 和田はエイリアの細い両肩を左手で強く抱きしめると、細かく震えるエイリアの全身が、びくっと動き、少しの間があって、エイリアはすすり上げながら半身を和田に委ねた。繊細なエイリアの精神は、この過酷な状況に耐え切れていないことはサキにも充分過ぎるほど感じ取れていたが、一方で彼女の能力がそこから逃れることを否定していた。つまり、彼女は和田隊の重要な「戦力」だったのである。

「ここでいったん散会とする」和田はそう宣言した。隊員たちは、一様に沈痛な表情で立ち上がり、敬礼を施すと、ある者はテレポートで、ある者は自らの足で会議室を後にしていった。

 和田が、無表情のままでエイリアを抱きかかえ会議室を後にすると、会議室ではテーブルに頬杖をついたサキと帆足が残った。帆足がわずかに足元を震わせながら、両手の拳を強く結びつけたままの体勢で動かないのを、サキは眺めていた。

 帆足は、ようやく顔を上げると、部屋にサキだけが残っているのに気がついた。帆足は無理に作り笑いを浮かべ、立ち去ろうとしたが足が思うように動かない。

「帆足」
「う、うん。何?」
「どうしたの」サキは、極力やさしい口調で語りかけた。
「何でもないよ」明らかに、サキには何でもあるように見える。立ち上がりかけた帆足だが、何故か足元に力が入らない。
「悩んでいるなら、私、相談に乗るわよ」

 言葉にならない帆足の思いが複雑な表情を顔に映し出すと、後から湧き出した帆足の強い理知的な心がそれを押し留めた。

「ちょっと、け、研究で行き詰っていて・・・いや、ほんとそれだけだから」帆足は勇気を振り絞って両足に力を入れ、ようやく立ち上がった。「でも、サキに気を使ってもらえるなんて、思わなかったな」
「そう? こう見えても、心配してるんだけど」
「あ、ありがとうサキ」

 会議室を立ち去る帆足の背中を目の端から離すと、ごめんね、帆足、とサキは心の中で謝罪した。サキの<力>を知らない帆足が、自分の足の力で動けるはずがなかった。でもいま帆足の意識に表出した思念−−それは、彼が和田の指示を受けて解析した『いたこ2号』の意外な重要性に対するとまどいと、その内容の重大さが、彼に負わされた責任の大きさを示していた。

 つまり、未開発星系を開拓するオールドタイプの復活、それは過酷な未開発星系での生活には、適応能力の高いオールドタイプを起用するという『いたこ2号』には隠された意図があったということだ。和田のいう『いたこ2号』が”白き獅子団”が追っていた巨大兵器だったという事実は、復活したオールドタイプがそのまま兵器であるという可能性があるということか。帆足の逡巡した思念は、その多くを技術的な専門用語で彩っていたためにサキには容易に理解できなかったが、その断片を繋ぎ合わせると未開発星系の開発事業や、それを担うオールドタイプに鍵が隠されているということなのだ。

 そして、和田は迷っている。松坂隊を見捨てるのか、という隊員たちの思いに応えない事情は、恐らく和田の理解を超えた何かが関係しているのだろう。

 じっとサキは考える。何より、矛盾しているのは『いたこ2号』とその前身プロジェクトである『いたこ1号』で復活したオールドタイプたちが開発した星系は、地球連邦が設定する重税に喘いで次々と叛乱を起こしてきたという事情である。『いたこ2号』が地球連邦の兵器プロジェクトであったとして、その開発した兵器が地球に向けて刃を向けているのだ。サキには分からない他の事実が必要なのだろうか。

 であれば、何とかしてそのオールドタイプを入手するしか手がかりはない。サキは、そう和田に具申しようとさっと立ち上がったが、和田は今頃エイリアを介抱しているのかと思うと、思わず左手で自分の唇をなぞった。

 振り返ると、窓の外に広がる天王星が、サキを見詰めていた。とても、暖かい表情で。

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