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『もちろん、大勢は戦争へと流れていっていたから、それに乗って冒険をするという選択肢もないわけではなかった。ただ、ひとつずっと気にかかっていたのは、仮にこれに勝ったとして、果たしてその後の社会を私たちの力だけで乗り切れるのかという疑問だった。マディカ星系とは深く結びついていたし、バートノイ条約がある以上、参戦の義務があるという主張はもっともだ。だが、地球連邦に叛旗を翻すこと自体が、かなり壮大な仕掛けの中で既に決定していたのではないかという疑問が、私を反対に回らせたのだ』
−−宮本幸司「追憶」より
俺たちは、昨夜を共にした居酒屋へ足を向けていた。
面接もすることなく、開拓団をほとんど適当な作為で編成した俺たちは、暗い気分でグラスを傾けざるを得なかった。こんなことで大丈夫なのか。俺たちが未知なる惑星での開発を成功させるには、優秀な開拓団員が欲しい。そうでなくても、彼らの性格や価値観といったものを見定める必要がないわけがない。しかし、そのような時間はそもそも与えられず、わずか十五分程度、彼らの現在の職業と性別、年齢しか分からない中で決定をしなければならなかったのである。これで不安に思うなというほうが無理というものだ。
それでも初芝や堀は騒々しかった。苦痛に満ちた”研修”が半ば強制的に終了させられたことによる開放感が「もう何とでもなれ」というやけっぱちを呼び起こしているに相違なかった。
「なんだかんだ言って楽しかったなあ。俺はもうそれだけで満足だよ」
「堀! そんなことでは俺たちが目指す大日本星系圏なんか夢のまた夢じゃないか。前向きに、ただひたすらに前向きに行く他ないぞ」
まさに関東軍のような男だ。それにしても落ちこぼれ筆頭格の初芝は、いくつかある学科のうち「軍事」にだけは非常に秀でた成績を残していた。前の人生では、いっぱしの軍事オタクであったという。好きこそ物の上手なれではないが、どうも人間はその好悪が才能にストレートに影響するものであるらしい。
堀も、他の学科はクラスでも最低に近い悲惨な成績だったが、何故か「産業」には抜群の評価を得ていた。もちろん、これから先は俺たちは一人ずつ探索船と使えなさそうな九人の開拓団員を率いて、その道のりを切り拓くには全部自分でやらなければならない。何かに秀でているというよりは、全てに理解がなければならないのだから、なかなか”卒業”できないのも道理だった。
園川は律儀に食事のテイクアウトを店員とかけあっている。本当に明日の朝食のために飯をキープしておこうという腹だ。その光景を見ながら、ぼんやりといろんなことを考えていた。
「どうした宮本。今夜は我らが最後の宴だ。壮行会をもっと楽しまんといかんぞ」
「いや、ちょっと考えていたんだが」
「なんだ。この初芝様に何でも訊いてくれ給えよ」
「俺たち、二十一世紀の人間だよな」
「そうとも」
「ってことは、俺たちが話しているのも二十一世紀の日本語というわけだ」
「おう。古代日本が誇る由緒正しい正真正銘の標準語だ」
「だが、何故・・・三十一世紀の人類と、何の苦労もなく会話できるのだろう」
「そりゃあお前、敬意だよ。はるか千年の旅を終えた俺たちを理解しようという、せめてもの彼らの心づくしに違いない」
「あのな、初芝。俺は真面目に訊いているんだが」
話を聞いていた小宮山が割り込んだ。「それは俺も不思議に思っていた」
「そのあたり、誰も疑問に思わなかったのか」
「どうも、現代の人間は、テレコミュニケーターという機器を頭の中に”搭載”しているらしい」
「テレコミュニケーター?」堀が訊ねる。
「ああ。どうやら俺たちの時代で広がった携帯電話の発展系であるらしい。長距離の意思疎通には端末を使うらしいが。生まれたときから言語中枢に数十ナノという微細なセルが埋め込まれるのだそうだ」
「おかしいじゃないか。俺たちの頭の中にはそんなものはないはずだぞ」
「騒ぐな初芝。どうもこのテレコミュニケーターが人間の表現系の受送信を補助しているらしいのだ」
「逆に言えば、そんなもんを埋め込まれていたら何を考えどう行動しているかなんて全部偉い人にお見通しということか」
「それが記憶にまで作用するようだと、完全に人間は操作された人格でしか生きていかれなくなると言うことを意味するな」小宮山はその変な形の黄色い眼鏡を鋭く輝かせた。
「うーん、待てよ。俺たちは復活させられた以上、その小癪な機器を埋め込まれている可能性は否定できないと言うことか?」
「いや、どうも本当に我々は埋め込まれていないらしい。関連するのは、例の塩基Sが構成する遺伝子群が脳内で作る物質を使うそうだ」
「小宮山ぁ〜。知らない間にすっかり現代通になったなぁ〜」
「いつまでも技術史の研修で先に進めないから初芝は知らないだけだ」
「ふむ、だが逆に言えば現代人との意思疎通は普通に出来ると言うわけだな」それなりに得心がいくと、園川が包みを抱えて戻ってきた。
「人数分、朝飯をもらってきたよ」
「さすがは園川、とぼけた顔で気が利くじゃないか」初芝はバンバンと園川の左肩を叩くと、園川は顔をしかめた。
俺たちは出発する順番も決められていたが、全員第一陣十人の中に入っていた。先だろうが後だろうがここを去るのには変わりはないが、正直心細くはある。
また、昨日会ったばかりのこいつらとも別れなければならないのが残念だった。昔のことを思い出す暇もないぐらいいろんな経験をさせられたが、それでも彼らがいなければ心理的に押しつぶされてしまっていたかも知れない。何となく、ごく最近知り合ったというより、もうずっと長いこと一緒にたむろしてきた仲間のような気がする。
愉快に飲み明かしている彼らを見ていると、これから向かう成功率激少の旅路がうらめしくも思える。この五人の、誰が生き残り、誰が死ぬのだろう。
「どこに行くのかは知らないが、またこの五人で呑みたいものだな」心から、そう言った。
「そうだな。誰が死んでも恨みっこなしだ」
初芝は立ち上がって、大声で話し始めた。「小宮山! お前、縁起でもないことをいうな。この俺様は確実に成功に導かれることを、しっかりばっちりはっきりきっちり運命づけられているのだよ。だから、その友人であるお前らが死ぬことなど、万に一つも考えられん!」理屈にもならない理屈を並べて喚きたてるが、何故だかそんなもんかなとも思えてくるのが不思議だ。
「いいか! 俺たちは日本政府が選び抜いた、二十一世紀の代表者だ。それに恥じることなく懸命に働き、かかる困難に打ち勝つことのみが、ご恩に応える唯一の方法なんだ。日本男子たるもの、全知全霊をもってこの使命に立ち向かわねば、どうして生きた証を打ち立てられようか!」拳を振り上げ、雄弁を振るう。
「いよっ、大統領!」どう見ても子分肌の堀が、お調子を上げた。
「おう、当然よ」なおも初芝の演説は続く。「だいたいな、先に死んだ奴は飲み会で肴になる運命にあるんだ。この俺に無断で勝手に死んだ奴は、絶対に死刑にしてやる。この先どんなにつらくたって、俺は、俺はお前らと一緒にいたことを・・・絶対に・・・」
ふと見ると、初芝の話を聞きながら、園川が黙って大粒の涙を頬に流している。かきむしるような将来への不安と、思い出したくない記憶との間で不安定なのは皆同じなのだろう。園川の意外な涙に感化されたのか、初芝もまた、大声で泣き出した。
「幸恵! 幸恵、頼むから、俺をずっと、見といてくれ・・・」
初芝も、愛する人を置いて死んだのだ。その想いを避けるように、それでいて全身で受け止めるように、敢えて明るく振舞っていたのだろう。園川も、堀も、小宮山も、そして俺も、そこにある不慮の死という断絶が、愛しい過去を遠く切り離していた。さらに、霞んで見えない俺たちの未来が決して安易な道ではないことも分かっている。
目を閉じると、るなが俺に見せた俺の死体が、強烈な赤と白黒の映像で瞼に蘇る。強い嫌悪感で視界を再び開くと、堀が、小宮山が、逃れられない現実と忘れられない過去との狭間で苦悩の涙を流していた。
理沙。ダン・クリークは確かに俺にまだ生きていると言った。狂人の酔言か俺の見た幻想かは定かではないが、その一言は暗闇に閉ざされた心の中をかすかに照らす炎となって、さながら俺を導く灯台のように思えてきた。
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ミグは、お気に入りの服が汚れるのも厭わず、その場にへたり込んだ。さっきまで自分を包み込んでいた闘志は嘘のように消失し、その明晰な頭脳も持ち前の元気も何の役に立ちはしなかった。
老婆は、限りない慈しみの表情でミグを眺めていた。「おぬし」
「・・・はい」
「怖いであろう」
「・・・」
「恐ろしいであろう」
「どうすればいいの・・・」ミグは呻いた。
「立ち上がり、その足で歩き続けることよ」老婆は諭すように言う。「たれも、うぬが運命を拓いてはくれぬ。うぬの<力>でしか、前に進むことはできぬ」
「自分の・・・力・・・?」
「さあ、立つのだ、ミグよ。闇を見据え、うぬが理想へと歩き続けるのだ」
ミグの目は、恐怖で潤んでいた。それでも、老婆の声でない声に打たれたように、何とか震える足で立ち上がる。なかなか定まらない視点で老婆を見詰めた。それは、何ともいえない、暖かいまなざしを、惜しみなくミグに与える老婆の瞳だった。
「木星の娘よ。強い子よの。くれぐれも、振り返ってはならぬ。後戻りしてはならぬ。そのまなこの前にのみ、おぬしの険しき道はある」
「はい」
身体の芯まで温まる。そんな思いをミグは感じていた。
「うぬがかかは、その向こうにおる」
「えっ」老婆がそのしわがれた指を向けた先に、ミグは視線を移した。暗い、路地の向こうだ。
「が、まみえることは叶わぬ。かの地で、おぬしは深甚たるこの世の苦難の理を見るであろう」
「お母さまがいるのに、会えないって?」ミグが再び老婆のほうを振り返ると、そこには誰もいなかった。「おばあさま。おばあさま?」
ミグは老婆の姿を探した。つい数秒前までそこにいた老婆を。
「誰なの、おばあさま」見つからない。「まさか、ホログラム?」
何のいたずらだろう。ミグは、老婆が座っていた鉄箱に近づき、調べてみた。
「嘘。暖かい」映像ではない。老婆は、確実にいたのだ。途端に心細くなっていく。また、心臓が高鳴る。「でも、あっちにお母さまがいるというのね・・・」
なけなしの勇気を振り絞って、老婆が指し示した方向へとミグは歩いていった。
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ほどなく、散会となった。俺は、まだクリークの言っていたことが気になっていた。
リッセンは驚きの表情でクリークは死んだと言った。本当だろうか。クリークはあの動物園で今日ニューメンフィスを旅立つという。まだいるかも知れない。そう思うと、ことの真意を知るべく足を向けたくなった。
明日早いからという理由で、園川はそそくさと自室へと帰って行った。堀もまた、泣きながら初芝を慰めつつ送っていく。
「明日は早いぞ。さっさと寝た方が身体のためじゃないか」小宮山は不審な表情で俺を見た。
「ちょっと出発前に確かめておきたいことがあってな」ことの仔細を説明するのが憚られた。明日はもう別の恒星へと長い旅を始めるのに、俺個人のことを小宮山に長々と説明するのも悪い気がしていたのである。
「そうか。深くは詮索しないが。ま、寝坊しないように起こしに行ってやるよ」小宮山は肩をすくめた。
「どっちみち、明日は第一宇宙港集合だからな。結果は報告するぜ」
そういって、二人は別れた。街路の時計は2200になろうとしている。少し足を速めながら、俺はクリークと出会った場所へと向かった。
危うく見落とすところだったが、例の”アノニマス・フィールド”は閉店していた。ドアのところには『本日をもちまして休業させて頂きます。長らくのご愛顧、誠にありがとうございました。なお、製品をお持ちのお客様のアフターケアにつきましては・・・』というシートが貼り付けてあった。
時間も時間だからか、人通りはいつになくまばらになっている。清涼飲料水と思われる青い看板が、寂しげにきらめいていた。酒が程よく回っているからか、少し蒸し暑さを感じた俺は学ランを脱ぐと、肩にかけた。
昨夜クリークが潰れていた路地には、誰もいなかった。確か、これをまっすぐ歩くと彼が経営しているといっていた動物園にたどり着いたはずだ。しかし、昨日はあれほどいた売春婦らしき立ちんぼの姿もなく、猥雑が売りのはずの通りが、ただの閑散とした細い道でしかなくなっている。ところどころ営業している小さなバーやスナックの看板がわずかに生存証明しているだけだ。
別に気にすることなく、俺はずんずんと路地を奥へ奥へと入っていった。いるかどうかは分からないが、理沙について聞き質さなければならない。その思いだけが、俺の頭の中を支配していた。
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ミグの不安はピークに達していた。老婆の指した路地を歩くが、一向に母親らしき姿は見当たらない。もうどのくらい歩いただろうか。と思って時間を確かめるが、まだ2040、五分も歩いていなかった。
路地は行き止まりだった。
「どういうことなの」思わず独り言をいう。
別に入るべき店もなく、ドアもない。ただ、黒くそびえる鉄の袋小路が冷たくミグを見下ろしているだけだった。ほとんど照明のない真っ暗な周囲を、目を凝らして探してみるが、何も見当たらない。ひょっとして、老婆に騙されたのだろうか。
テレコミュニケーターでリッセンを呼び出したくなった。
「お父さま、心配してるかな」泣きたくなる。
もう、なりふり構ってはいられない。すがるような思いで、愛する父親を思いながらau端末を取り出す。ミグは目を見開いた。圏外。嘘。ニューメンフィスはおろか、太陽系全体が通話圏のはずだ。完全に混乱がミグを襲った。左手から、au端末が滑り落ちた。カタンという音が、足元から怯えと共に脳天まで湧き上がる。
「・・・どうなってるの」完全に頭の中が真っ白になる。誰もいない。帰れない。叫び声を上げたい。だが声も出ない。口の中が乾くがつばも出ない。
落としたau端末を拾わなくては。端末につけた白い豚のアクセサリーが微笑んでいる。少しかがみこんで、手を伸ばした端末に、ミグのものではない、動く影が映る。
ミグは振り返った。
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路地の十字路に差し掛かると、左手の方向に人が背中を向けて歩いているのが見えた。女性のようだが、売女かな。
暗いので良く見えない。眉間に皺を寄せて俺は目を凝らすと、どうも売春婦には見えない。というより、仕事帰りのOLのような格好をしている。こんなところに、何て物好きな。だが、ひょっとするとクリークの居場所を知っているのかも知れない。
「おい、ちょっと!」
声をかけたが、振り返ってくれない。というか、こんな静かな通りで聴こえないはずがない。近づいていってみようか。
「なあ、無視するこたあないだろう・・・うわっ」
顔を見て驚いた。何とも恐ろしい化け物のような、というわけではなく、どこかで見た女だった。女性の前に出て、ようやく彼女は俺を見た。
「あれ、ええと、シンシアさんだったっけ」
こんなところで何をしているんだろう。そう不審に思うより先に、何か心ここにあらずといった面持ちに面食らった。
「・・・宮本、さん?」ようやく俺の存在に気づいたかのようだ。
「さっき大声で呼んだんだぜ。どうしたんだ、いったい・・・」
「宮本さん、助けてください!」
「ほへ?」
「お願いなんです!」
話がちっとも見えない。声は鋭くてきついけど、美人だなあ、などと場違いなことを思っている場合ではない。
「意味が分からない。落ち着いて」
「ああ・・・私、私・・・」何かを思いつめているかのようで、肩が小刻みに震えている。
「何があったんだ」俺はつとめて冷静に言った。
「奪われてしまったんです」
「何を?」
「大事なものを・・・」
「誰に」
「・・・分かりません」彼女は首を振った。
話にならない。だが、少なくとも彼女にとって大変なことになっているということだけは分かった。両腕で彼女の上腕を掴んで、力強く揺すった。
「しっかりしてくれ。いまあんたが歩いていた道は帰る方向じゃないぞ」
「ああ、ありがとうございます」途方に暮れているという感じだ。
「何があったのかは知らないが、大通りに出るにはこっちの道をまっすぐ歩くんだ」
「はい」
「そのまま帰ったほうがいい。こんなところにいちゃ危ない」自分のことを見事なまでに棚にあげて、俺は言った。
「ありがとう。ありがとうございます」少しは正気を取り戻したのだろうか、さっきよりはしっかりした声色になっている。
一人で行かせるのは心配ではあったが、彼女は何度も礼を言うと、俺が来た道を歩いて帰っていった。俺はしばらく彼女の後姿を見送ったあと、また暗黒街の奥へと進んでいった。
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