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俺の考えは甘かった。
大通りで運良く通行人を見つけて少女を託したまでは良かったが、秒速で現れた警官は随分長いこと俺を拘束し、尋問したのである。
当然、俺は何も知らなかった。が、良く分かったこともある。オールドタイプは嫌われているという現実だ。猿呼ばわりされるのはまだいい。警官たちは自分たちが常用している尋問のための道具が、俺に通じないことを知ると見るからに対応が変わった。
俺は殴られてまだじんじんする頬をさすりながら、廊下を歩いていた。ただ単に、道端で被害者を発見しただけでこの有様だ。まるで犯人扱いされたことに腹を立てながら、廊下に浮かんだ時計が0320を指しているのを見ると舌打ちした。
これではあのバーに戻って、クリークの手がかりを探すどころか、俺は徹夜のまま宇宙に飛び立つことになりかねない。俺は疲れていた。余裕があまりない。言われてみればそうだ、生き返った当日から酒を飲み、昨日もたいして寝ていない。そう思うとあくびが出る。
俺は、ニューメンフィス三十分署を出て、隣接したニューメンフィス総合病院へ向かう。「夜間」という黄色に光る出入り口を抜けた後、手渡されたメモ通り一階の治療室へと歩いていった。
「おっさん」
思わず声をかけた。指示された六号治療室の前にあるベンチを占領していたのは、リッセンだった。リッセンは顔を上げた。こぼれ落ちた涙の跡が半乾きのままだ。
廊下の窓の向こうには、赤や青のランプがちかちか点滅し、俺が助けた女の子が妙な水槽の中で漂っている。その表情までは分からないが、深刻そうな表情をした医師が二人、せわしなく治療室の中を歩き回っていた。
「宮本さん」
「あの子、お前の娘だったのか」
「・・・はい」
俺の知っているリッセンではなかった。その表情は、打ちのめされた、人間くさい苦悩する父親のそれだ。リッセンの隣に腰を落ち着けた。しばらく間があった。何となく、声をかけるタイミングを見失ったからである。リッセンはまたうつむいた。学帽を被りなおしてから、思い切って訊いた。
「どうだって?」
「一命は、何とか」
「それは良かった」本当に良かった。少しだけ、報われた気持ちになった。
「五分遅かったら、分からなかったそうです」リッセンは、ふうっと息を吐くと、俺に顔を向けた。「宮本さんが、あなたが助けてくれたのですか」
「ああ。重かったよ」正直な感想だった。
「その格好は・・・」
俺は答えなかった。彼女を抱えて運ぶとき、流れた血のりがワイシャツにこびりつき、茶色に変色している。警察も着替えを用意してくれず、そのままなのである。学ランも同様だが、生地が黒かったので目立たないだけだ。
沈黙が流れた。俺も、かけるべき言葉を失っていたが、とにかく助かったので安心していた。
陰気な薄暗さに満たされた病院の廊下には、俺たちしかいなかった。ささやかな会話が、何故か無限の反響をしているような気がする。
「何故、ミグが、こんな目に・・・」リッセンが両手で顔を覆って呻いた。
「そういえば」慰みにもならないかも知れないが。「運ぶとき、無意識に彼女はお父さんと呼んでいたよ」
リッセンは、堰を切ったようにわっと泣いた。鼻をすすり上げるリッセンの肩を叩いて、俺は立ち上がった。一人にしてやるのが一番いいと思った。すると、リッセンも立ち上がった。
「宮本さん」
「明日ここを予定通り離れられるかどうか分からんが、とりあえず帰るよ」
「ありがとう。ありがとう」リッセンは俺の右手を握った。
「とにかく、良かったじゃないか。まだ若いんだから、すぐ回復するだろ」
リッセンは俺の手を握りながら、何度も何度も頭を下げた。
「あの、私、何かお役に立てないでしょうか」
「ん?」
「たぶん、あなたは明日出発することになります。何かお礼できないでしょうか」
「お礼って、おまえ、俺はほとんどの確率で死ぬことになるんだぞ。気にするな。忘れてくれ」
リッセンは顔を上げた。「でも、ミグは、あなたが助けなければ、あんなところで一人、死んでいた。私は、私の生き甲斐を失うところだった」
「おっさん」
「私は、ミグと一緒に」哀れな父親は懇願した。「死にたかったんだ」
「何?」
「私は、愛する妻と、娘と、一緒に・・・」
「何でそうなるんだ。落ち着け、おっさん」俺は呆れてリッセンから手を離した。完全に取り乱しモードに入っているリッセンに同情したが、これ以上理性的な反応など期待できるはずもない。
「お礼させてください。そうでないと、気がすみません」
「うーん」俺は悩んだ。「訊きたいことがある」
「はい」まっすぐに俺を見ている。
「ダン・クリークってのは何者だ」
「それは・・・」
「知っていることだけでいい。教えてくれ」
「私は、知らないんです。本当です」リッセンはきっぱりといった。「ですが、調べることはできます」
「そうか」
「今日、あなたがここを発つ前に調べて、その結果はあなたの探査船にお持ちします。問題にならないように」
「分かった」俺はうなずいた。嘘は言うまい。仮に、嘘だとしても、彼を恨むまい。「それじゃ、明日」
「ほかに、必要なことは」
「そんないくつも頼んで大丈夫かよ」と言ってから、俺は気づいた。この父親は、何かすることで心配事から解放されたいのかも知れなかった。
「何でも言ってください」
「俺が、心配しているのは、人材だ」
「人材?」
「ああ。これから何かしようって言う割に、開拓団員の質が低そうだ」
「そ、そうですか」リッセンは口ごもった。「私たちとしては、最高級の人員を用意したつもりだったのですが・・・」
がっくり来た。現代というのは、相当の人材難に陥っているようだ。
「じゃ、物資でも運んでおいてくれ。少しでも多いと助かる」
「承知しました」リッセンはうなずいた。「手配しておきましょう」
「頼むよ」
俺はそういうと、リッセンと別れた。
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警察署で尋問されている間、ひとつだけ不安だったのがシェルミーという美少年から電車の中で渡されたカードを奪われはしないかということだった。咄嗟に「学生証」と言ってしまったが、身分が照会され、解放されるとき、お守りなど人畜無害な持ち物と共に返却されたのでほっとした。といって、本物が帰ってきたのかどうかは分からないのだが。
宿舎に着いたのはもう0400を回っていた。十五分でもいいから横になろうとして、部屋に入ると先客があった。
「よう」
「小宮山」
「午前様とは意外だな」小宮山は部屋の真ん中で胡坐をかいていた。俺はその正面に座った。
「野暮用があってさ」
「そのシャツの染みは何だ」
「知らないのか。現代の流行だぜ」そう言って、俺は床に寝転がった。「眠れないのか」
「待ってたんだぜ」小宮山も床に転がる。
「それは悪いことをしたな」待たせたのは俺の責任じゃない。勝手に待ってたんだ。だが、何故わざわざ俺の部屋で待っていたのかには興味があった。
「ついに俺たちは太陽系を出る」
「戦争のさなかをな」
身体は明らかに疲れているのだが、眠気がひと段落したのか目は冴えたままだ。今日もいろいろありすぎた。のんびり感傷に浸っている時間もありはしない。
「宮本。怖くないか?」
「怖い」
「正直だな」
「嘘を言ってどうする」
小宮山は起き上がった。俺は目だけ動かして小宮山を見た。
「話があるんだろう」
「何故分かった」
「顔に書いてある」
小宮山は相好を崩した。いい男だ、と思った。
「お前、鋭いな。とてもはたちとは思えん」
「最近良く言われる」俺は笑った。
「相談がある。起きたことを、偽りなく話す。嘘だと思わないで聞いてくれ」
「分かった」
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小宮山は、居酒屋の前で宮本と別れた後、先に出た堀と初芝を追った。
追いながら、自分の娘のことを思っていた。広告代理店に勤務していた小宮山は、激務の連続で、まともに家に帰れたことがない。妻、弘子はそれが不満だった。全ての歯車はそこですでに狂っていたのだが、小宮山は仕方がないと思っていた。
毎日のように深夜まで企画会議を繰り返し、徹夜で絵コンテを仕上げた後、午前中にクライアントのところへ行き、プレゼンをし、午後はクリエイターと打ち合わせ、企画書を書き、夕方から夜にかけては接待で飲食店を駆け回る。そんな日常は、素晴らしい充実感と引き換えに、彼の家庭を奪っていた。
結婚は早かった。大学を卒業して間もなく、三年間付き合った短大生と結婚し、程なく出産した。周囲も羨む美男美女の結婚を、多くの友人たちが祝った。
娘は美里といった。小宮山に良く似ている。そう思ったが、弘子は私に似ているといって笑っていた。しかし、家庭を顧みる暇を持てない小宮山は、徐々に弘子との心理的な溝を深める。
案外、そんなものなのかも知れない。学生時代はあんなに愛し合った二人だったが、妻が別の男を作って、美里を連れて出て行った。俺に似た娘が、別の男に養われるというのは気に障るが、自分も悪いと思い、小宮山は別れた。娘の養育費も出してやった。
が、その後がいけなかった。後で分かったその男の素性は、ライバルの広告代理店に勤務するクリエイターだったのである。小宮山から会社の情報を引き出すために弘子を落としたことを知って、小宮山は愕然とした。会社のために身を粉にして働いておきながら、その会社の情報が小宮山から弘子の手を通じてライバルにだだ漏れだったのである。
当然、小宮山と別れた弘子は男に棄てられた。
銀行口座が閉鎖され、住所が移転した後の行方が知れない。小宮山は、弘子に是が非でも会って、土下座して詫びるつもりだった。会社にも多大な迷惑をかけたが、小宮山は俺が悪いと思っていた。少しでも弘子のために何かしていれば、妻は不幸にならなかっただろうと思うと、不憫で仕方がなかった。
だから、必死になって、弘子と美里を探した。同時に、会社の信用を取り戻すべく、小宮山はさらに働いた。もともと有能で容姿も優れる小宮山は、その気になればいくらでも花束を手にすることができたが、この愚直なまでに律儀な男はそういう器用な真似がなかなかできなかったのだ。
一年が経過して、ある晩、小宮山は顧客と一席設けた。最近業績が急上昇している新興企業が、テレビコマーシャルを放映したいということで、かのライバル社とのコンペになっていた。小宮山としては、否が応にも気合が入ろうというものだ。何しろ成金のワンマン社長だ。タレントやモデルが内々で接客するテレビ局御用達の高級クラブをセッティングしてやった。
そこで再び出会った。弘子と。
弘子は変わらず美しかった。その濡れた瞳の前に立った小宮山は、ただ黙って、涙を流した。その晩、家に帰る深夜タクシーを降りる時、小宮山は倒れた。
小宮山は、美里がどうなったのかを知らない。彼がニューメンフィスを発ちたくなかった本当の理由は、娘がどういう人生を送ったのか知るまでは、太陽系を離れたくなかったのだった。
小宮山は泣いていた。復活して三ヶ月、それでもその心の傷が癒えることはなかった。だが、このまま初芝に追いついたら、からかわれるに決まっている。目の周りの熱いものを冷ますべく、彼は宿舎の手前で立ち止まった。
そこで、彼は妙なものを見た。
見たのは、たまたまだった。宿舎の前の角を曲がるエアビークルが投げたヘッドライトの明かりが、奥まった路地で話し込んでいる馬と猫を映し出したのである。
小宮山は目が点になった。涙を拭って、小宮山は”彼ら”に歩み寄っていった。
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「なるほど」俺は寝たまま天井を見上げていた。
「で、話しかけたんだ」
「どうだった」
「逃げていった」
「そうか」
「二本足で」小宮山は真面目な顔で言った。
「ふむ」
ここまで小宮山は話すと、また寝転がった。
「で、ひとつ思い出した」
「何をだ?」俺は半身になり、左腕を立てて枕にした。
「動物実験」
「実験?」
「ああ。脳の構造というものはシンプルなものだ。多かれ少なかれ、脳がある生物は皆知性を持ちうる」
「そんな話もあったな」
「技術講座の中で、脳の神経回路を劇的に増やすという話があったのを思い出してね」
「彼らに理性を持たせうるということか?」
「そういうことだ。だが、連邦政府がその技術の使用を禁じたらしい」
「何故だ」
「普及したら、人間並みに権利を主張することを恐れて、とのことだ」
「うーん、ありそうな話だな」
「だが、ひとつそこで思い当たることがあってな」
「ふむ」
「クリーク商会の解体」
俺は起き上がった。「何だと?」
「産業史のデータベースを漁っていたとき、ダン・クリークという傑物が暗殺されたあと、未許可の生命操作で企業を解体された事件があった」
「実は、俺にも思い当たることがある」
俺は、ダン・クリークを名乗る人間との出会いと、動物園のようなバーについて小宮山に話してやった。評価プログラムや、リッセンについては慎重に語らないようにしながら。
「それは・・・」
「小宮山。これは何かあるぞ」
「そうだな」
「生命操作ごときで解体されたというのは、たぶん建前だ」俺はあごをしゃくった。
「そうだな。背後関係がありそうだ」
「ま、それでも俺たちが生き残らないことには話にならんがな」
「だが、知っておいて損はない」
小宮山がそういった瞬間、ドアがノックされ、二人は凍りついた。
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