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Chapter 1-19

日本国首相、土橋義和の朝は早い。

 どんなに遅く寝ても、ジャスト0500には目が覚める。土橋の政治家人生は遅咲きだった。何より有力な他候補が自分の選挙区にひしめき合っていたこともあり、まるで大きなビルに挟まれた古びたラーメン屋みたいだ。

 初当選は五十二歳。四回目のチャレンジで、ようやく掴み取った議員の座である。選挙に出るまで、大学で教鞭をとっていた土橋は、世襲議員ではない。引き継ぐべき看板も地盤もない上、選挙のための資金作りも困難を極めた。

 何故、国会議員になりたかったのか? 理由は簡単だ。祖父の代に人の住めない土地となった群馬に地下都市を建設したかったからである。もちろん、今なお群馬はかろうじて赤い山を水面に出す不毛の地域であり、土橋が首相に登りつめたところでおいそれと計画を立てられる性質のものではなかった。とにかく、国庫が空なのである。

 それでも、まーなんとかなるだろー、と土橋は思っていた。

 動機はどうあれ、土橋は政治家としての才覚に恵まれ、また何の後ろ盾もなく議員になっただけあって、人間というものを知っていた。自由民主党が結党千百年を迎えたとき、彼はようやく副大臣のポストに就いた。当選六回目、六十七歳のときである。そのあたりから、土橋はようやく頭角を現した。それまで何も言わず、黙々と土橋を支えてきた妻が彼の前で涙したとき、何となく報われた思いがした。

 そのとき派閥の親分として君臨してきた「再生工場」野村幹事長が急逝し、玉突き人事の結果派閥の領袖となるきっかけをつかむ。さらに党幹事長、そして副総裁へととんとん拍子で駒を進め、気がつくと連立政権の首相に”消去法”で成り上がった。

 振り返ると、あっという間であった。どちらかといえば愚鈍な印象を与えるこの調整型の政治家は、ぼんやりとした風貌に似合わぬ安定感を内外に示して今年で四期目十一年の長期政権を実現している。

 政務は多忙を極める。はずだった。

 土橋の強みは、他人を信用して仕事を任せる度量にあった。もちろん、各分野の政策、殖民やエネルギー、財務、税政、文化行政といったものは一定の理解があった。彼が地べたを這いつくばった年少議員時代に、それなりに頑張って知識を得て、人脈を培った。

 だが、土橋は面倒くさかった。

 その方面を知悉しつくした者を選び、権限を与え、利権化しないように枠組みを作ったあと、好きに腕を振るわせるのが土橋流である。うまくいけば褒めるし、そうでなければ外す。当たり前といえば当たり前のやり方を、土橋は当たり前にできる男だった。

 従って、よほどのことがない限り、土橋は暇である。日がな首相官邸に陣取り、秘書官相手に将棋を打ったり、野球を観たりしていた。それでもその権力を畏れる人間にとっては水面下で何をしているのかを覆い隠す煙幕に見えた。

「待った」
「待ちません、首相」セシル・カーライルはきっぱりと言った。
「むむむむむ」土橋は唸る。手駒の桂馬を左手でもてあそぶ速度が速くなる。

 四勝百十二敗。まるでベイスターズのような連敗ぶりだ。同じ条件、同じ戦力で挑んでおきながら、何故ここまで負けられるのだろうか。目の前にはセシルの涼しげな視線。

 んー。しかし、これは如何ともしがたい。

「だめだっ、これではだめだっ」
「投了ですか?」セシルは目つきを輝かせる。とそのとき、首相に来客があった。
「む、残念ながらわしは所用ができてしまったようだ」
「じゃ、百十三敗目ですね」馬鹿正直に勝敗表に白星を書き込むべくセシルはデスクに手を伸ばした。「首相は手堅く守りすぎです」
「そうかなあ」土橋は小首を傾げた。

 ほどなくして、セシルが風を感じると彼はソファの上にポンッと現れた。

「よう、じいさん」
「お、シェルミー、良く来た」土橋はまるで自分の孫でも迎えるように微笑むと、シェルミーの緑の髪の毛をくしゃくしゃにした。「元気そうじゃないか」
「ま、ね」シェルミーは首を伸ばして勝敗表に目をやった。「あは、じいさんまた負けてら」
「お茶でもお出ししますか」セシルが立ち上がろうとするのを、土橋は制した。
「いや、君は大統領の秘書官だ。気にしなくていいよ」
「ボクはミルクティーがいいな」

 セシルは笑って、部屋の外へ消えた。彼女なりに、気を利かせているのかも知れない。そう思うと、土橋はわずかに寂しそうな表情をした。シェルミーはソファのクッションをどかすと、ごろんと横になる。土橋もソファの上に胡坐をかいた。

「面倒なことになったよ。22%も国民を減らさないといけない」
「別にいいじゃん。どうせ、じいさんのこと、妖怪だの死にぞこないだの言ってる奴らだろ」
「ガス抜きに文句をいうぐらい、わしだって若い頃はさんざん言ったもんだ」土橋は軽く笑い飛ばすと、シェルミーはちょっとふくれる。
「そうは言ったって、むかつくもんはむかつくだろー」シェルミーは枕にしていたクッションを放り投げた。

 土橋は、この無邪気な全身凶器の心を良く知っていた。かねがね、男というものは年齢に関係ないと思っている。歳を取り経験を重ねても無能な人間は無能だし、若くても語れる男は腹を割って付き合う。このあたり、土橋の土橋たる所以かも知れない。

「で、わしに言いたいことがあって来たんだろう?」
「うん」シェルミーは大きな瞳を土橋に向けた。「派手に遊びたい」
「そうか」土橋はちょっと考え込んだ。「昨日夜半ごろ”白き獅子団”のエージェントが内通者にコンタクトを取ったようだ」
「どこで?」
「ニューメンフィス」

 シェルミーは一昨日、フレアに頼まれて猿(オールドタイプ)に物品を手渡したことを思い出した。確かニューメンフィス行きの列車だったはずだ。

「なんかいろんなもんがニューメンフィスに集まってる気がするなー」
「それだけ、人の世の中はダイナミックだということだ」
「うーん」
「どうした?」
「頭がこんがらがってきた」
 土橋は笑った。「まあ、そんなに難しいカラクリでもないんだが」
「そっか」シェルミーは起き上がると、ソファに座りなおした。「まだあいつら(白き獅子団)はいるのかな」
「いるどころか、かの地に増援が向かったようだ」
「へえ。暇なんだな」
「和田がいるようだ」

 土橋はシェルミーの目が輝いているのを見て取って微笑んだ。

「待て待て。彼らが仕事にかかるのを遅らせてくれるだけでいい」
「殺しちゃだめなの?」
「無理にそうする必要はない」
「つまんないの」少年は本当に不服そうだ。
「いま、木星の重力圏内に駆逐艦ジンターで潜伏しているようだ」
「船舶の認識コードは分かる?」
「送らせよう」
「でも、じいさんも酷いな。黙って見殺しにするつもりかよ」
「そう言うな。わしも、苦渋の決断なのだ」
「そっちの世界はボクには分からないや」シェルミーは大げさに肩をすくめるのを見て、土橋は視線を外した。
「さてさて、陛下のお心積もりどおりコトが運ぶのを祈るだけだな」

 セシルが大きめのポットにカップを二つ、お盆に乗せて部屋に入ってきた。この娘は澄明なのだが私心がなさ過ぎる。そこが土橋にとってささやかな不満だった。わしだったらこの早朝の来客との会話の中身を何とか知ろうとするだろうが、セシルはただ仕えることが役割だと思っている。茶汲みなど、アンドロイドにやらせておけば良いのに。

 女は分からんなあ。それが土橋の悩みだった。しかし、それに頭を使っている場合ではない。

「ミルクティーきたー」満面の笑みでティーカップにたっぷり砂糖を入れるシェルミーを眺めながら、土橋は少しずつ考えをまとめていった。

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 ”白き獅子団”は決して大きな勢力ではない。地球連邦に天王星軌道上のコロニー群を破壊されて五年、五百人に満たないこの小勢力は、わずか三隻の駆逐艦と一隻のミサイル巡航艦しか持たない。火力という点では全くと言っていいほど非力であった。

 一方で、その結束力と、苛酷な環境が引き出した人間の<力>だけが頼りだった。もちろん、海王星や土星に位置するコロニーも環境的には厳しいものがあったが、何故か天王星に生まれ育った人間は他の地域よりも高い特殊能力を秘めていたのだ。未だにその理由は分からない。かつては、その特殊能力に結束力が加わったとき、その戦闘能力は地球連邦の一個師団にも劣らないと言われていた。

 その思い込みが空虚な妄想に過ぎないことが分かったのは、五年前の独立運動での惨敗であった。結果としてコロニーを全て破壊され、戦争に参加した六千人の天王星軍はほぼ全員皆殺しにされた。何隻かの船に分かれて脱出した民間人も、連邦軍の執拗な追跡から逃れられず全滅し、結果として天王星圏に住んでいた二万人のほとんどが死んだ。

 それでも、天王星の鉱山基地のいくつかはその鉱山深度の深さゆえに生き残った。そこへ逃れたわずかな生き残りが寄り添って結成したのが”白き獅子団”であった。

 彼らは、宇宙を漂っている大破して航行不能になった駆逐艦などの兵装を命がけで回収し、残っていた部品を組み合わせ、船を作り、居住地を建設した。食糧は自給できないので、やむを得ず通行する貿易船を拿捕して生活するほか、手がないのだ。それでいて、サイキッカーを中心とした彼らは強かった。下手な地方防衛隊では手出しできないほどで、地球連邦は天王星を落としたあとも、残党の一掃にてこずっていたのである。

 五年を経て、再び地球連邦が戦争を決断した以上、天王星が放置されるはずがない。必ずダハル・オーサは軍勢を天王星に向けるであろう。まともにぶつかって勝てるわけがない。従って、太陽系なりほかの星系なりに脱出して、時間を稼ぎながらゲリラ戦を行う以外、生き残る方法はないと和田は思っていた。

 和田は、隊長でありながら”白き獅子団”の意思決定機関について良く知らない。別にどうでもいいと思っているわけではない。だが、”白き獅子団”結成以来、行動を指示するメッセージが彼の指揮する駆逐艦ジンターに伝えられ、その結果を同じように報告するのみで、誰がどう方針を決め、作戦を立てているのか良く分からないのである。

 四十三人からなる和田隊は、そのほぼ全てがサイキッカーだ。平均年齢は二十三歳と格段に若い。彼は、この”白き獅子団”がどうであるかはともかく、この部下たちを死なせたくないという一心で指揮していた。部下も、不思議と無口な和田の元に結束する。つくづく、”白き獅子団”というのは不可思議な組織だと和田は思う。

 しかし、今回伝えられた和田隊への指示は理解できなかった。ビッグマザーが開発している兵器がニューメンフィスに運び込まれ、それがほか星系へと運搬されるので、それを奪取せよ、というものである。

「まあ、ニューメンフィスで孤立してる松坂隊を救援する、ってことならまだ分かるけど」サキはぼやいた。平尾も全く同感だ。
「それ以前に、通常戦力が火星軌道上を北上中ってわけだろ」
「そうね」
「あるのかないのか分からない兵器を奪取するなんて、危険を侵してまでやることとは思えないんだがな」
「それ以前に、天王星が攻撃されたらどうすんだ。帰るところが無くなっちまうぜ」

 サキは和田を見た。じっと会議の発言を腕組みしながら聴いている。いつもの和田といった感じだ。

「そもそもどの船に何が積まれているのかさえ分からない状況で、どうしろっていうのかね」
「松坂隊に連絡取れないのかしら」
「いや、それについては既に指示が出て、内通者から情報提供を受けたそうだが」別の者が口を挟む。「ダミー情報を掴まされたようで前進なし、とのことだ」
「そう・・・」サキは口ごもった。松坂隊は力押しの戦闘は強いが、諜報という点では素人集団だ。仕方ないのかも知れない。
「ニューメンフィスは現在民間の船団の航行を停止している」平尾は言った。「それほど出入りする船はないだろう。片っ端からエイリアに中を覗いてもらって・・・」

 全員が、エイリアのほうを見た。エイリアは物憂げにちょこんと座っている。

「ね。できそう?」サキはつとめて優しく訊ねた。「あなたの機械使いとしての<力>が必要なの」
「わたし?」長い睫毛を揺らすように、エイリアはそっとサキを見た。
「いつもより、ずっと簡単なことよ。船の積荷を調べるだけでいいの」

 エイリアの答えを待つように、部屋は静まり返る。明らかに、今回の作戦もエイリアが必要なのだった。この手の作戦では、和田の指揮能力もサキの戦闘能力も補助的なものでしかない。

 エイリアは、ちらと和田を見る。腕組みをしたまま動かないのを確認すると、再び目線を落としてしまう。和田隊長のほうからも何か言ってよ。サキは焦れた。

「分かりました」エイリアは口を開いた。

 ほっとした空気が流れる。これで何とかなりそうだ。

「じゃ、和田隊長、ニューメンフィス軌道上に潜伏して・・・」
 平尾が切り出した瞬間、和田は鋭く言った。「待て」

 和田はまだ迷っていた。作戦の意味そのものを。

「松坂隊を信じよう」
「えっ。もうこれ以上松坂隊に情報を期待しても」
「ぎりぎりまで待つ」
「でも、和田隊長」サキも異議を出した。「松坂隊はあと二時間内外で合流の予定ですが」
「もっと大きい何かが動いている」
「隊長、何を・・・」
「見極めないことには是も非もない」和田は譲らなかった。

 帆足はうなずいている。どうも引っかかるようだ。平尾がそれを見咎める。

「帆足。どう思う」
「僕か?」帆足は神経質そうに訊き返した。「状況からして『いたこ2号』が疑われるよ」
「ふむ」
「最初は平和的なプロジェクトに思えたけどね、和田隊長に指摘されて調査を進めているんだ」
「で、どうなんだ」
「正確なところは分からない」
「なんだそりゃ」小関は溜息をついた。
「だが、推論は成り立つ。この関連で出発する船に、この兵器の何らかの成果物が積載される可能性が高い」
「なるほど」
「ということは、日本船籍の船か『いたこ2号』の出資者の船、かつ、恒星間航行を行うタイプの大型船がターゲットだと考えられるよ」帆足は貧乏ゆすりをした。そんな程度のことも分からないで議論していたのかといった感じだ。だが、帆足のそんなキャラクターはいままで幾度となく重要な指摘をしてきたこともあり、あまり不快には思われない。

「それなら絞り込みはできるな」
 サキは言った。「絞れれば、松坂隊も調べやすいんじゃないかしら」
「至急、松坂隊に連絡を取れ」和田は平尾に指示すると、平尾はコントロールルームに飛んでいった。


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 三井はわずかに眉をしかめると、上首尾に終わったことを確認してにやりと笑った。

「さてと」スタンガンを放り投げると、コントロールパネルに向かって作業を始めた。床には、意識を奪われて放心状態となった警官が四人、座り込んでいる。

 急報を受けた松坂隊は、ニューメンフィス二十三分署をあっさりと”占領”した。廊下では警官に扮した犬伏と竹下が警戒している。警察のネットワークから、今日明日中に出発する船舶のリストを引き出すべく港湾局へとアクセスした。そこから『いたこ2号』でスクリーニングすれば、おおよそどの船がターゲットなのかが分かるはずだ。

 そのリストを表示させてみて、三井は思わず声が漏らした。

「なんだこれは?」

 今日明日で、ニューメンフィスから出向する予定となっているのは、たった四十隻程度で、しかもその全てが・・・『いたこ2号』に関連する未開発星系探索船であった。

 さらに、その出発時刻が今日の1100から1115に集中している。それ以外の時刻に出発を予定している船舶はなく、奇妙なことに今日の1115以降は全て空欄になっていた。

「どういうことだ?」三井はパーソナルデータプールに情報を流し込みながら独語した。何者かがハッキングするかして、今日の午後以降のデータを抹消したのだろうか。

 間もなく0550になろうとしている。あと一時間程度でニューメンフィスは朝を迎えるはずだ。出航者リストで不審な点がないか精査する。佐藤、水上、酒井、袴田、小宮山、次々と吐き出される船舶責任者は、全員がオールドタイプだった。

 荷物についても調査を進めるが、どの船も判子で押したように似たような積荷だ。省エネルギー型のテラフォーマー、発電装置、酸素発生装置、重力発生バー、粒子センサー、そして大量の食糧。この一隻でも強奪できれば、故郷はどんなに助かるだろう。

 それにしても、ダミーだろうか。三井は焦った。どれも地球連邦でありふれた量産品しか積載しない予定だ。どの船に狙いのものが積まれるのか。

「どうした」松坂が入室してきた。状況を確認しておこうというのだろう。それにしても松坂のあどけない顔で警官の服装をしているのは何とも違和感がある。
「松坂隊長。これを見てください」三井は場違いな笑いをこらえながら指示を仰いだ。

 船の番号と、船舶責任者の名前しか違わない一連のリストを眺めながら、松坂も三井と同じ推理をした。誰かがデータを抹消したのだろうか。

「とりあえず駆逐艦ジンターに暗号化通信でこれを送れ」松坂は三井にそう指示をすると、また室外に出ようとした。出るところで、何かに思い当たって振り返った。

「三井。船舶責任者のデータを出してくれ。顔だけでいい」
「は?」
「顔だ。すぐに出せ」
「は、はい」

 数時間前、ダン・クリークが潜伏しているという情報のあった地域で、オールドタイプと思われる人間とすれ違ったのである。何か関連しているかも知れない。松坂は、その目で一人ひとり顔を見ていった。三井はこういうときいつもぞっとする。穏やかな美少年にしか見えない松坂が険しい視線をするたび、不幸な対象者は次々とその命を散らしていくのを三井は何度も見せ付けられてきたからだ。

「んっ」

 松坂は一人の青年の顔のところで目をとめた。

「こいつの背後関係を調べろ」松坂はやや興奮した声で三井に指示した。三井は気持ち首をすくめると、このパスでアクセス権限のある全ての情報を出力するべく操作を始めた。

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「和田隊長。松坂隊から連絡が来たわよ」サキが隊長室に飛び込んだ。和田はすぐさま自分のデスクに松坂隊より送られたデータを表示すると、唸った。

「どういうことだ」

 全ての船舶が『いたこ2号』に関連する。その数、四十隻。サキもそれを覗き込んで、唖然とした。

「違うんじゃないの?」
「いや、間違いない」そうきっぱり返事をした和田の顔を、サキは覗き込んだ。
「どういうこと?」

 和田は考え始めた。こういうとき、和田を邪魔してはいけない。が、思わずサキは溜息を漏らした。

「宮本幸司?」和田は一人ごちている。その頭は、いつになくつややかさを増していた。
「この人がターゲット?」サキは訊ねる。
「松坂はそう思ったようだ」和田はその太い腕で腕組みをした。
「まだ出発までに余裕があるから、松坂隊に尋問させた方が良くなくて?」
「一刻も早くニューメンフィスからこの船に脱出させろ」
「えっ。何故?」

 和田は呆れたようにサキを見た。

「どうしてなの?」
「これは恐らく正解だ」
「そうかしら」まだサキは半信半疑だ。
「そして、その情報にアクセスできたということは、間違いなく松坂隊を始末しようとするだろう」

 そこまで言われて、ようやくサキは部屋を飛び出していった。

 さて、どうするか。どのみち、全ての船舶を和田は調べるつもりだ。一方で、松坂の情報は棄てがたいものがあった。松坂はダン・クリークとビッグマザーの開発していた兵器の情報を追っていた。ビッグマザーの兵器が何なのかは分からないが、ダン・クリークが出資し日本政府が行っている『いたこ2号』と関係が深い。そのダン・クリークがいるという地域で、松坂は宮本とすれ違った。きっと、何らかの関係を宮本は持っているであろう。

 宮本がダミーという考え方もある。
 たまたま宮本が松坂と会っただけかも知れない。

 松坂は宮本の警察情報を調査して、松坂の部下が半殺しにした女を宮本が救出して尋問されたことをつきとめていた。その際に宮本が持っていた所持品リストが気になる。お守り、万年筆、安物のアクセサリー、ありふれた没収品の中に・・・解読不明のカードがあることに、和田は気づいた。

 立体画像を見る限り、黄色に輝くデータカードのようだが。これに、ビッグマザーが開発した兵器の情報が入っているのだろうか。では何故、オールドタイプに託し、未開発星系に持ち込もうとするのだろう。

 和田は理解できなかった。いくつも仮説を立てながら、松坂隊が合流するのを待った。作戦をこなすだけであれば、そう難しいこともあるまい。だが、それ以上に何かひっかかるものを感じる。

 彼は立ち上がると、エイリアの部屋へと向かっていった。

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 帆足は精神を集中していた。

 テレポートも物質創生の能力も持たない帆足は、唯一その数学能力だけが持ち味であった。戦闘能力は皆無だが、苛烈な天王星圏の環境と、人間社会における天王星の悲惨な状況とが、帆足の精神を「戦士」たらしめた。

 ゲリラである以上、いつでも死ぬ可能性がある。死と隣り合わせである状況が、精神を張り詰めさせ、能力を限界まで引き出す。

 天王星の大人たちは皆、死んだ。和田でさえ、三十を前にして最年長に近い。平均年齢十六歳という、若いというより幼いゲリラを一人でも多く戦力にするため、帆足は装備を整える。それが役割だと思っていた。

 いつでも死ぬ用意はある。覚悟もしている。だが、死ぬのは最後であるべきと思っていた。自分が先に死んでしまっては、生き残った戦士は戦士としての装備を維持できず戦士のまま死ぬことができない。

 死ぬのが役割だからこそ、生き残ることに全知を傾ける。効率的に死ぬために。それが理知的な帆足のたどり着いた論理的な生き方だった。柔らかい女の子の手を握るよりも空気が流れるようにコントロールパネルを操作するほうが、帆足には向いていた。

 そんな帆足の研究室に、乱入者があった。

「エイリアの作戦を補助できるように準備して頂戴」唐突に声をかけ、帆足の精神集中をぶち破ったのは、戦闘服に身を包んだサキだった。
「なあ、もう少し僕に配慮した伝達の仕方はできないのかい」帆足はやや抗議めいた口調で注文をつけるが、サキは意に介さない。
「あら、ごめんなさい」
「謝る気なんか毛頭ないくせに」帆足はブツブツいった。それでいて、帆足はいま行っていた作業を手早くまとめると、エイリアのための精神ゲートの構築を始める。

 程なくして、エイリアを伴って和田が入室してきた。

「帆足。三時間以内に稼動できるようにしてくれ」
「了解」
「松坂隊も合流したわ」サキは状況を伝えた。「ただし、松坂隊長自身はまだニューメンフィスに留まっているけどね」
「また単独行動かい」帆足は作業を続けたままの体勢で首を振った。
「とりあえず、三井、犬伏、竹下、宮地の四人はもうこの船にいるわよ。あとは松坂隊長だけね」
「戦闘力だけなら抜群だね」帆足は軽口を叩く。
「サキ。お前はこの部屋に留まってエイリアと帆足を警護、補助してくれ」
「了解」
「エイリア。あとは頼んだぞ」

 エイリアは黙って立っている。いい香りだ、と帆足は思った。エイリアは帆足の目にも不思議な少女に映った。技術者として、帆足はエイリアに深い関心を持っていた。

 エイリアの能力は”機械使い”。あらゆる機械の「意志」を読み取り、彼女に言わせれば機械に「頼む」ことでコードを書くことなしに操作する能力を持っていた。プログラムによって稼動する機械が、何故頼まれて動き出すのか、帆足には分からない。

 このおとなしい、透き通るような肌を持つ少女は、何故か和田の頼みしか聞かない。その食事でさえも、和田が「食え」と言わなければ手をつけないのである。最初は和田のパーソナル・ドロイドか何かかと思ったが、ある戦闘に巻き込まれてエイリアが負傷したのを治療したとき、帆足は彼女が自分と何ら変わらない人間であることを知って、かえって帆足の興味をますます惹くのだった。

「エイリア。座ったら?」サキはそう促すと、そっとエイリアは椅子に腰を落ち着けた。その様子を見ながら帆足は溜息が出た。サキもまた、エイリアに負けないぐらい整った顔立ちをしているのだが、その性格と言えば見事なぐらい正反対だ。小癪で生意気で腹が立つ。

 珍しく男女比が逆転した研究室内で、帆足は黙々と作業を続けていた。が、エンジン音の中にすすり泣く声が聞こえて、帆足は指を止めた。

 振り返ると、足を広げて居眠りをしているサキ・・・ではなく、エイリアが静かに泣いていた。帆足は何故だか胸がかきむしられる思いがした。

「エイリア。どうしたの」

 思わず帆足が問いかけるが、エイリアは答えない。質素な薄緑のワンピースを着たエイリアの足元で帆足は身体をかがめると、エイリアの濡れた瞳を見上げてはっとした。何とも美しい。激しく心を揺さぶられる。いつの間にか、帆足もまた、泣きたくなる衝動に駆られた。と同時に・・・帆足はまるで魂を吸い込まれるような感覚に陥った。

「木星が、泣いている」

 エイリアのつぶやきは帆足の耳に届いたかどうかは分からない。
 帆足は気を失った。

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