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Chapter 1-2
 オレンジ色の強い光がまぶたの上に注がれ、嫌でも目を開けたくなった。まるで休日の後に予備校へ行く時のような気分だ。またお袋にどやされる、さっさと起きようぜ。

 不快に重いまぶたを強引にこじ開ける過程で、思わず両手をあげて伸びをしようとしてはたと気がついた。何だったんだ、今のは。よく寝た、という感じではない。悪夢でもなさそうだった。俺は死んだって? バカを抜かせ。

 そっと目を開けてみると、天井には大きい電灯が穏やかな光を投げかけている。伸びをした体勢のまま、目だけ動かしてあたりの様子を確認すると、どうやら10メートル四方の部屋の真ん中に寝ているようだ。壁は薄いベージュに塗られ、硬くもなく柔らかくもないベッド。ちょっと待ってくれ、これは俺愛用の枕ではない。それ以前に、どう考えてもここは俺の部屋ではない。

 上半身を起こそうと試みて、難なく起き上がってみると、ちょっとしためまいに襲われた。思わず顔を押さえる、というところで俺には顔があることが分かった。どうせなら全身ちゃんとあるのか確認したくなり、思い切って高さ半メートルほどのベッドから飛び出してみた。

 う、どこからどうみても俺だ。ちゃんと動いている。問題があるとすると、全裸だということと、局部にチューブが挿入されていることだ。チューブを手繰っていくと、壁に開いた小さい穴の中に繋がっていた。こんなチューブ、取ってしまえ、と引っ張ると、奇妙な痛みとわずかなしずくと共に、するりと尿道からチューブは外れた。すると、チューブはしゅるしゅると申し訳なさそうに穴の中へと吸い込まれていった。どういう仕掛けなんだ、これは。でもそんなことはどうでもいい。自由の身だ。それと、痛みを感じた自分は生きているんだと改めて理解した。うーん、何か嬉しい。全身を見回しながら、俺は自らの肉体美を満喫していた。あれ、俺ってこんないい体してたっけか。

 しかし、この部屋、ドアも窓もない。思わずきょろきょろしてしまう。どこから入って何がどうなっているんだよ、ここは。全く分からん。だが、部屋に誰も居ないとはいえ、裸でうろうろするのも癪だ。ベッドからシーツを剥いで体に巻こうとして・・・ベッドが脚もなく宙に浮いていることに気づいて驚いた。何じゃこりゃ。どういう仕組みになってるんだ、これわ。

 壁に張り付いているかと思うとそうでもないし、どう見ても完全に浮いている。何か、透明なワイヤーかなんかで吊られてるのかと思って、ベッドの上を手でさっさっと切って見たが、明らかにそんなものはない。第三者が見たら、きっと俺をアホだと思うに違いない、やめておこう。いるのか、第三者。しかし、沈めて床につけることはできるのだろうか。ちょっとベッドの上で飛び跳ねてみよう。おお、少しだけだけど下がったような気がする。おりゃ、もっと沈めてみよう。

「何をしているんですか、宮本さん」
「おわっ」

 突然、背後から声をかけられて、俺は狼狽した。と同時に、バランスを崩して尻から床にドタッと落ちてしまった。もう、表現としてはドタッしか考えられない。ちくしょう、どっから入ってきたんだ。このいたいけな独身青少年のプライベートに土足で踏み込む根性の悪い奴はどこのどいつなんだ、と振り返ってみると、床にへたりこんだ俺を、青い髪の毛をポニーテールに結んだ女の子が見下ろして笑っている。

「宮本、幸司さんですね」女の子は、微笑みながら話しかけてきた。
 問いかけられて、少し間があって、俺って、その宮本幸司だっけ、という疑問が膨れ上がってきて、混乱してきた。
「ええと、そうだっけ?」やっとの思いで、出てきた言葉に彼女は、うふふふふ、という笑いだけで答えた。なんだかちっこくて可愛い子だ。少しぽっちゃりして、くりくりした目。実にいい感じでストライクゾーンだ。
「宮本さんって、面白い人ですね」冷やかしなのかマジなのか判然としないが、それよりもいくつも聞いておきたいことがあることを思い出した。
「なあ、ちょっと」打ったケツをさすりながら、俺は立ち上がる。
「はい」
「ここ、どこ?」
 彼女はすまして答えた。「ええと、東京第四階層です」
「はあ?」
「ああ、順を追ってお話しますね」
「あ、待ったっ!」
「はい、何でしょう」
「何か服持ってきてくれない?」


「ふぅん、るなちゃんというんだ」
「いえ、るな、です」
「だから、るなちゃんだろ。しっかし、驚いたな」

 あれから、小一時間ほど経過したのだが、もはや驚きとしか表現のしようのない出来事の連続だった。服という概念は薄れ、そのかわり体を覆う立体ホログラムに、体温を保持する謎のパウダークリーム、反重力モーターを利用した空飛ぶベッド、エアカーテンと立体映像を応用したドアのない壁、電磁放射で空気が自然発光する電灯、いや、技術ってものは進むもんだ、という表現を超越した進歩ぶりだ。まるでアフリカの未開人がニューヨークを訪れたようなものか。そんな映画があったような。通路は勝手に移動するし、無重力エレベーターだし、パーソナルなエアクラフトで人は好き放題空を飛んでいるし、正直訳が分からない。

「これで飯がうまかったら、言うこと無しだったんだが」つい、ぼやいてしまう。
「宮本さん、ちゃんと食べないと、お腹がすいちゃいますよ」

 小学校の体育館がみっつは入るようながらんとした空洞のど真ん中に、るなと二人で向かい合って、例の”反重力”テーブルに置かれた固形物と液体。どうやら、ここは公共の食堂のようだが、固形物はどう見ても人間の食い物とは思えない黄土色と黄色と赤と緑のパステルカラーに彩られ、液体はコースターが発する超音波で球形になって浮かんでいる。これを見て食欲を積極的に推進させろというのは、俺にとって一大プロジェクトに違いない。しぶしぶ怪しい色彩の固形物を口に運んでみるのだが、一言で言うとどうにもマズい。
「飲み物だけでも口にしないと」
「これはいったいどうやって飲むんだよ」

 るなは、紅茶色した玉のような液体を、コースターを手に器用に飲んでいる。俺はそれを真似て飲んでみようとするのだが、鼻に入るわむせ返るわで一向にのどを潤せない。

「そうだ。しまった、俺、歯医者に行かなきゃ」
「はいしゃ?」
「そう、歯医者。歯に穴開いたままほっといたら、死ぬほど痛かった覚えがあんだよ。特に冷たい飲みものが・・・」
 と言うだけ言ってみて、舌で歯をまさぐると・・・ちゃんと歯がある!
「あ、宮本さん、前の肉体のことは忘れても大丈夫ですよ」
「そういうもんなのか。言われてみれば、ちょっと体格良くなった気がするんだけど」
「それが、本来の宮本さんの体格ということね」
「ちゃんと運動ぐらいしとけってことなのかな。これでも中学高校では剣道をやっていたんだぞ。ここ二年は浪人してたからすっかりなまっちまったけど」
「けんどう?」るなはきょとんとしている。
「ああ、そんな話はいいや。それより何より、飯のとこでこんな話をするのも何だけどさ、今の俺の状況ってのをかいつまんで説明してくれない?」
「えっとぉ、宮本さんは千年前に亡くなられたんです」
「そういえば、リッセンとかいうデブいおっさんに事故死したって言われたな」

 あのイケてない中年男が、目覚める前に意識の中で浮かび上がったのを俺は覚えている。そうか、やっぱり俺は死んでいたんだな。・・・とすると、いまの俺は、いったい何なんでしょう奥さん。

「それで、宮本さんの遺体が臓器移植の目的で冷凍保存されていたんです」
「冷凍保存されていた?」さて、俺のいた時代に冷凍保存なんてものあったっけ。
「はい。歴史の授業で習ったんですけど、当時の医学では、蘇生は無理だったんですよー」
「ふーん。で?」
「最近になって、東京を階層化する計画が持ち上がって、千年前の遺跡が見つかったんです」
「ひょっとして、その遺跡の中の冷凍庫に俺が死んでたとか?」
「半分当たりで半分はずれ」
「何か引っかかるな。いったいどういう状態で、何の目的なんだろう」

 こうなると興味津々だ。るなも、可愛い顔で頬杖つきながら、その小さい口に紅茶玉を運んでいる。見たところ、十二、三歳なのだが、話している内容はどう聞いても大人のそれだ。口調はギャルっぽいが、ノースリーブにロングスカートの濃紺のワンピースが落ち着いた雰囲気を醸し出している。

「宮本さんが見つかった時、すでに他の方も含めて全部腐食して使い物にならなかったの。でも、何かの研究で使ったのね、全ての遺伝データと、脳に蓄積された変更値のアーカイブと、脳機能地図が保存されていたわ」
「ふむ、つまりこの俺を蘇生させるのに必要な全ての脳データが残っていたというわけか」
「そうなんだけど・・・」
「まだ何かありそうだな」
「人間の記憶って、必ずしも全て脳に記憶されるというわけではないの。大腸だったり小腸だったり胸腺だったり皮膚だったり」
「分からんな。どういうことなんだ?」
「生物、脳の反応というのは、ひとつの出来事に対してひとつの解決というわけではなくて、その時その時のホルモンバランスや、消化器系とか皮膚で成立している微生物の生態系も影響を及ぼすのよ」
「なるほど。だから酒飲んでぐでぐでの時は何が起きても覚えていないのか」
「それは違うと思うけど」るなは、くすっと笑う。
「いや、その表情がなんともいいね」
「はい?」
「でも、何で俺の脳データとかが保存されてたんだ?」
「これを見て」
「のわっ」

 るなが、何かしぐさをすると、浮遊テーブルの隅から畳一畳分はあろうかという立体映像パネルが音もなく浮かび上がってきた。立体映像なんて、国営放送のニュース番組ぐらいでしかお目にかかれない。

「るなちゃんの親切には感謝するけど、お前の出す先端技術のいちいちが心臓に悪い。生き返って早々ショック死したくねえから何かする時は一言言ってくれ」
「ごめんなさい〜」
「や、謝るほどじゃないんだけど。で、これは何?」
 浮き上がったホログラムは、いきなり血まみれの死体を画面いっぱいに表示した。事故当時の写真だろうか。それにしても、映画館スクリーンなみのド迫力映像で死体画像というのはいかがなものか。
「ぐえ、これは別の意味で心臓に悪い。勘弁してくれ」
「これが、宮本さんが亡くなった事故現場ね」しかも、俺のかよ。

 思い出したくなかった記憶が蘇る。あれは確か、3月10日。二浪して、ようやく受かった私立大学の合格発表の日が、理沙の誕生日だったのだ。浪人中バイトして、ほんと、苦労して働いて、ちょっとだけ勉強して、足りない金は自宅近くの親切な高利貸しの無人貸与機の中にいる人を拝み倒して何とか買った新しいバイクに理沙を乗せ、合格記念にテーマパークの千葉ねずみ園に行った。金がなくて中に入れなかったけど、遠くから見た青白くライトアップされた西洋風の城が、日の暮れた闇夜の中で幻想的だった。そのままずっとそこに座っていたいと思ったけど、親のうるさい理沙のことを思うと、わがままもいえなかった。また来ようね、今度は中に入ろうね、とささやきあいながら、横浜の彼女の自宅に送る時・・・やっちまった。

「・・・」
「ごめんなさい、そういうつもりはなかったの」

 気まずい。かなりハイレベルの気まずさだ。生き返って早々、何もかもが珍しくて、自分のことを完全に忘れ去っていた。何だろう、この感覚は。

「いや、いいんだ。過ぎたことだ。忘れちまったよ、そんな昔のこたぁ」
「・・・」
「・・・」

 るなは、どうやら察してしまったらしい。これで感傷に浸るな、と言うほうが無理というものだ。それでもあまり実感が湧かないのは、いまの肉体が元気すぎるからなのだろうか。だんだんと過去の記憶が蘇って、枕を涙で濡らす日々を過ごすことになるかも知れない。しかし、いまはどうでも良かった。しかも、目の前には妙齢のレデーがいる。迂闊な言動は紳士として慎んでおきたいものだ。

「あの・・・その時、理沙さんも・・・」
「ごめん、今はいいや。また今度にしよう。・・・悪いね」

 ふと思った。このるなという女の子は、いったい何のために、何故俺に関わっているのだろう。

「・・・」
「わたし」俺の気持ちを知ってか知らずか、るなは涼しげな目線をじっと俺の顔に注いでいる。
「うん?」
「宮本さんでよかったと思うの」
「何が?」
「これからのこと」何故か、るなと二人で見つめあう。
「どういうこと?」
「貴方は、これから遠いところに旅立つの」
「何だそれ」素敵に笑い飛ばそうとして、失敗したらしい。自分でも歪んだ笑いを見せている気がしてならない。るなは、言葉を選ぶように、伏せ目がちに俺を見ている。
「これから、正式に辞令が出ると思うけど」
「辞令?」
「東京ホストから」
「ホスト? 俺は風俗で働く気はないぞ」
「ううん、東京を管理している、サブコンピューターのことなの」
「何だと、俺はコンピューターの指示を受けて何ぞするのか?」

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