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Chapter 1-20

『金でつながった百人の知り合いより、心が通じた一人の友人を大切に』

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 ドアからひょっこり顔を出したのは園川だった。

「脅かすなよ園川」小宮山は心底驚いたらしい。「心臓が止まるかと思ったぜ」
「出発の時間だから起こしにきたんだけど、もう起きてたんだ」園川はのんびりと言った。手には二つ包みがある。俺たち分の朝食らしい。

「初芝を起こしに行かないと」園川は朝食を投げてよこすと、そそくさと廊下を歩いていった。

「そろそろ出かける用意をしないとな」小宮山は立ち上がると、頭をかいた。
 俺も立ち上がろうとした。「園川、俺たちの話を聞いていたのかな」
「あの調子じゃ、そうでもなさそうだが」
「何というか、園川が相手だとペースが狂うな」
「じゃ、またあとで」

 小宮山が自室に行くのを見届けると、俺もまた、思い出の品々が詰まった鉄の箱を開けて、そっと中を確かめた。開けっ放しになったドアから「あー、気持ちのいい朝だー」という初芝の叫び声が聴こえる。中身が全部揃っていることを確認すると、俺は丁寧に箱にしまい、朝食の小さなサンドイッチを頬張った。

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「・・・以上、第一隊十名」

 まるで軍隊みたいだ。別に自衛隊に入ったことはないが、そう思った。宇宙港ロビーの一角にある多目的ホールは、これから探査船に乗り込むオールドタイプが全員集合している。都合、四十人。

「0800までに、私物を各自探査船に積み込み完了するように」

 各自に宇宙港の通行パスが渡され、それには「第十五流星丸 宮本幸司」と打刻してある。もう少しまともな名称をつけられなかったのだろうか。これじゃまるで漁船だ。

 探査船の出発を担当する市職員は、藍色の制服を身にまとい、気だるそうにしていた。彼と反比例して、我々の緊張感は高まっていく。そういえば、リッセンの姿が見えない。首尾よく何か物資を見つけられたのだろうか。

「・・・なお、最終の身体検査を終えたあと、航行を共にするアシスタントと引き合わせる。積載物のチェックと共に、必要な作業は1000までに終え、船内で出発の指令があるまで待機するように」

 儀式のような事前説明が終わると、一人ずつ呼ばれて別室へと消えていく。

「3番、堀!」
「あい」
「頑張って来いよ!」初芝が声をかける。相変わらず一言多い男だ。その初芝も六番目に呼ばれていった。

「15番、宮本!」

 俺は立ち上がった。俺の背中を園川が軽く叩く。この瞬間が、彼らとの長いお別れになるとは思っていなかった。

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 身体検査は早々に終わった。でかい装置のある小部屋に入り、その真ん中に立つだけだった。もっと仰々しい何かがあるかと身構えていたのだが。

 そのあと、狭い個室に連れて行かれ、そこで待つようにと言われて一人になると、俺は緊張した。

 どのくらいの長旅になるか分からないが、船の操縦から惑星の探査まで必要な作業を全て行うという、俺の手足となる奴との面会である。それが気に入らない奴だったりすると、至極苦痛に満ちた旅になることだろう。初対面は重要だ。

 凄い美女だったりするのだろうか。そういえば、現代の人間はその遺伝子的な外見に関わらず、お金さえ払えば好みの外見を”調達”することができるという。もっとも、そういう外見の操作は好まれないらしく、芸能人や一部の好き者しか常用しないようだが。

 ものの五分もしないうちに、俺は焦れた。そわそわしながら、無機質な壁に囲まれた小部屋をうろうろする。もちろん、外見だけ優れていても、何十年も旅をするのであれば飽きも来るだろうし、性格も大事だ。何より、俺の目的は探査の成功と開発なのだから、それを支えるに足る能力は重要だ。

 しかし、俺は思う。ブスは困る。見るに耐えないぐらいの。

 毎日顔を合わせるのだ。せめて最低限の水準はクリアしていて頂きたい。小学校のとき、クラスでとびきりの美人と手を繋いでフォークダンスをしたのを思い出す。一人ずつ交代で踊るのだ。その子との十数秒のダンスを楽しんだあと、クラスでもっともアレな子が似合わぬ笑顔で手を繋ごうとしてきたときの恐怖も忘れない。

 めぐり合わせというのは重要だ。ルックス、性格、能力の全てを兼ね備える人物と遭うのは難しい。船旅が天国なのかいきなり地獄なのかはこの瞬間に全て明らかになるのだ。気がつくと、俺は全速力で部屋をぐるぐる歩いていた。

 アホらしくなって座ると、廊下をコツコツ歩く音が聞こえる。俺のパートナーだろうか。と思うと、隣の部屋のドアが開く音がする。よく耳を澄ますと話し声も聞こえる。俺はイライラしていた。なおも、十分近くが経過した気がした。

 不意に、部屋の扉がガンと開いた。

 目をやると、そこにはずんぐりとして太った小男がいた。

 男と目があった。俺は、目を離した。市職員だろうか。いや、制服を着ていないということは、何か別の用事があってこの部屋に来たのだろう。そう思った。

「あんさん、宮本はんでよろしいか?」男は話しかけてきた。
「ああ。宮本だが」
「わし、藤本いいますねん」
「そうかい」
「こっからパートナーにさしてもらいます。よろしゅうに」

 二の句が出なかった。

「何を黙っとりますのん」
「・・・いま、何と言った?」
「何を黙っとりますのん」
「違う。その前だ」
「ああ、わしが宮本はんのパートナーですねん」
「お前が?」
「ういムッシュー」男はうなずいた。
「俺のパートナー?」
「そうや?」
「もう一度訊くぞ?」
「何べん訊いても同じですわ」

 俺はしげしげと藤本の全身を眺めた。ビヤ樽。一言で表現すると、こうなる。何というか、腹の周りが太い。しかも年齢不詳の顔つきだ。若いとも言えないしおっさんとも言いづらい。唯一言えることは、激しく太っているということだった。背は俺より全然低いが、見た目の体重は三倍はありそうだ。そのなめらかでムチムチした肉感が、ピッタリと張り付いた紺色のボディースーツから溢れ出すようにジューシーさを醸し出す。

「あっ、宮本はん、このわしの弾けるボデーに惚れとりますやろ」
「あ、ああ?」
「わし、ご覧の通り肉体美には自信ありますねん。長年磨きに磨いた、愛くるしく、かつ、激しくメローな肢体や。プリテーやろ」
「そうか」俺は頭を抱えた。
「これぞ悩殺ボデーやから、パートナー選びは慎重にやらなと思いましてな、随分政府には掛け合っとったんや」

 藤本とやら、話し出すと止まらないらしい。延々と自慢の身体について説明している。もはや一人漫才の世界に近い。

「大将、なんで四つんばいになってますのん?」
「・・・な、藤本」
「なんでしゃろ」

 いつの間にか、俺は”大将”にされてしまっている。

「いま、政府と掛け合った、と言っていなかったか?」
「そうや」
「その結果が、俺?」
「大将、えらい奥ゆかしいお人ですな」藤本は笑った。「わし、こう見えても宇宙飛行はベテランでっせ。世界に冠たる公文式飛行術や」
「そうなのか」公文式?
「わしが政府のお勤めを始めてから幾星霜。ついに意を決して再度宇宙に旅立つ機会を探して、ようやっとめぐり合ったのが大将というわけや。いやー、ドラマテックやなー」
「そ、そうなのか・・・」
「そういうわけやから、よろしく頼んまっせ」

 どういうわけなのかがまず分からない。呆然とする俺の肩を、バンバンと藤本は笑いながら叩いた。

「待て」
「なんや大将、まだ何かあるんかいな」
「大有りだ。何でこの俺がドンキーコングの転がす樽のような奴と一緒に宇宙旅行に行かなきゃならねんだよ」
「あっ、大将。人を見かけで判断しちゃあきまへんわ」藤本は口先を丸めてチッチッと音を立てた。「わしはセクシーや。ほんまもんのビジュアルダンデーや。せやけど大将、わしが凄いのは外見だけやおまへんで」

 藤本はそう言うとたるんだ腕をまくりあげ、パンパンと叩いた。

「男はな、これや」
「脂肪か?」
「違いますがな。腕や。スキルや。そしてそれを支える熱いハート。これがこ藤本匠の漢たる所以やがな」

 頭が痛くなってきた。俺の見たところ、この藤本某はデブである。しかも、収拾がつかないぐらいの。別に、それはそれで良い。仕方のない話だ。しかし、藤本としてはその自分の身体を美しいと思っている。現代の美的感覚がどうなのかは知らないが、明らかに平均的な判断から外れた評価を下している。

 その外れた評価を平然とする藤本が、自分のスキルが高いことを誇っている。それを俺は信じるべきなのだろうか。

「ふっ、これで大将はわしの魅力にメロメロや。わしがパートナーになるからには探索も開発も全てお任せ。ドーンと大船に乗ったつもりで安心しておくれやす」
「・・・」
「大将はほんま照れ屋やな。打守走三拍子揃った名選手、それが藤本匠さまや。何でも力になりますさかい、よろしゅう頼みまっせ」

 がっはっは、と笑う藤本ののどちんこを見ながら、俺はありったけの溜息をついた。

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 藤本と二人で、ロビーを出て宇宙港の出発エリアを散歩した。「パートナーとなったからにはスキンシップが大事や」という藤本に連れ回されたのである。

「そや。大将の船を見ときまへんか?」
「そうだな。生死を共にする船なんだから、いまのうちにその雄姿を見ておくか」

 艦船ドックには、つややかなシルバーの大型の船体が整然と並べられ、整備の終わった船がその出発を待っていた。およそ一キロ四方はあろうかという広大なドックを、せわしなく黄色い整備カーが走り回っている。見上げると、高さ数百メートルのところに巨大なクレーンが船に積荷を積み下ろししており、ゴウンゴウンという轟音を巻き上げながらその胃袋にコンテナを入れる作業をしていた。

「うわ、大きいな」俺は大きな貿易船に眼をやると、いきなりスコープが開いて『出航時期:未定 船主:フランクリン交易』といったガイダンスが見える。なるほど、これが貿易コロニーニューメンフィスの大動脈という奴か。

 積荷を表示する光源が様々な色彩を出し、それを受ける船へ光線が繋がる。その間をクレーンが規則正しくコンテナを運び込む。船体を補修する車がところ狭しと船の間をすり抜け走っていくのを目で追うと、銀色に輝く船体をさらに磨き上げる作業に着手しているのが分かる。

 全長百五十メートルはあろうかという大型船を見るたび、なるほどテクノロジーというのは相当進化しているのだろうと感心した。その俺を藤本は呼び止めた。

「そっちは大将の船のあるエリアやおまへんで。こっちやこっち」

 藤本はその太った体躯に似合わず軽快にてけてけ歩いていくと、俺も慌てて後を追った。

 巨大な船と船が作る通路を抜けてみると、そこは、漁船置き場だった。

「おい」俺は見咎めた。
「なんや」
「何だ、このちっこいのは」
「なんやはないですやろ、探査船やがな」
「違う。これは漁船だ」

 どう見ても、漁船である。さっき見ていた船の何十分の一という大きさの小船だ。全長四十メートルもない。しかも、レトロな感じの「第二十八光臨丸」とか「第三十みずほ号」とか書いてある。俺は泣きたくなった。

「俺たちは漁に出るのか?」
「大将は分からんお人でんな、航行距離を伸ばすんは小型船が一番なんやで」
「そなの」
「そうや。あんなでっかい船、遠出したら磁気シールド張るだけでエネルギー不足になりますやろ」
「磁気シールド?」
「はいな。船はえらい高速で飛びますねん。その辺漂ってる石ころ一つぶつこうただけで大惨事やがな。活動してへん分子を押しのけて飛ばんとすぐに木っ端微塵でっせ」

 なるほど。そう言われるとそういうもんなのかとも思う。しかし、漁船はないだろう、漁船は。

「もちろん、昔は恒星間航行言うても大変でしてん」
「ほう」
「地球の汚染が大変やから浄化せなあかんようになって、ほかの星系から技術移転しようっちゅう話になりましてな」
「技術移転?」
「その頃は、大型艦なら大丈夫やろというこって、古代の大型漁船掘り起こして飛んどりましたがな」
「大型漁船ねえ」藤本を見た。彼は何か懐かしい表情になっていた。
「宇宙漁船ヤマト言いますねん」

 俺はずっこけた。

「・・・まさか、コスモクリーナーを取りに・・・」
「よう知ってまんな、大将。イスキャンダルちう遠い星に行きましてな。もう滅亡した古い文明やってんけど、ほんまよう頑張りましたでー」
「ほんとかよ!」
「やー、帰ってきたときは感動して泣いてまいましたわ。こんなでっかい大漁旗掲げてなあ」
「もうお前の話は信じられん」俺は手のひらで目元を覆った。

 「第十五流星丸」はそこにあった。これが俺の棺桶になるかも知れないのか。全長四十メートルほどの、船頭から船尾まで純粋なる漁船にしか見えない。船体をぽこぽこ叩いてみると、見たとおり白く塗装された強化プラスチックの一体成型のチープな代物だ。

「お、あったあった。これが大将の船や。どや、この美しいフォルム。わしの連続探査成功記録を伸ばす晴れの舞台が幕開くちゅうわけやな」藤本は船体を丁寧に撫でながら嬉しそうに振り返る。その微妙な笑顔が気色悪い。
「連続探査成功記録?」俺はちょっとだけ期待を込めながら藤本に訊いた。
「そうや?」藤本は澄まして答えた。
「それって本当なのか?」
「全然信じれんちゅう表情やな。こう見えても日本政府で探査成功していまなお生存している唯一のパートナーなんやで」
「何回成功したんだ?」
「一回」

 またがっくり来た。だが、一万隻以上も探査に出て、百回も成功していないのだからそうであっても全く不思議ではない。

「大将、四つんばいになるのがほんまお好きでんな」
「いや、生きてがっかりする機会もこれからそうそうないだろうと思ってよ」
「ま、慎重なマイベストフレンドが持ててわしは幸せや」藤本はますますやる気を出したようだ。本当に変わった奴だ。「ほなら、船尾のコンテナとか見ときましょっか・・・おんや?」

 藤本は足を止めた。

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「報告は、それだけか?」ハンセル大統領は強い口調でセシルに問うと、彼女はうつむいた。

 先刻、ハンセルの元を訪れた日本の土橋首相が伝えてきたことは、全知を誇るハンセルにとっても意外なものだった。ハンセルの頭脳には、地球にいる全人類の思考や会話が流れ込み、そこに集積される、あらゆる理性や感情は掌握されている、そのはずだとハンセルは信じていた。

 ハンセルが恐れるのは、唯一自分の元に情報がもたらされない地球外のコロニーや星系で謀議される全てであり、それらが成長し力をつける前に芽を摘むべきだと考えている。それもあって、今回もまた”定期的に”戦争を仕掛けているのだが、今日はハンセルの恐れが拡大したことを再確認した日であった。

 ハンセルへの情報提供をしない人間の勢力が、地球上に存在しているかも知れない。そう、土橋が伝えてきたのである。

「もう一度問う。土橋は何を知っている?」
「・・・分かりません」
「いったい、何のために土橋の周辺に出入りさせているのか、分かった上で活動しておろうな?」
「はい」
「セシル。貴様の心を読む能力を持ってしても、土橋の考えが分からんというか」
「それが・・・」

 セシルには正直分からないのである。土橋を包む、心の霧の中にあるものが。土橋は、決して心を閉ざしているわけではない。むしろ、全面解放と言う感じで、彼が感じ、思っていることは例外なく言葉として表現される。

「土橋さんは、悟りを開いていると言うか」
「悟り?」ハンセルは呆れたように問い返した。
「どうにも、彼自身のエゴで行動しているようには思えないのです」
「何を言っている?」
「とても暖かい・・・それでいて、強くて、しなやかで・・・」
「曖昧なことを言うな!」ハンセルは激昂した。「具体的に何を考えているのかと訊いている。何の事件を知っていて、どのような考察をしていて、いかなる対処をしようというのだ、土橋は!」

 混乱したセシルの感情が、ハンセルには手に取るように分かる。全知であるぶんだけ、全知でないセシルの苦悩が理解できない。

「具体的には、何も考えておられません」
「何だと?」
「種の記憶というか・・・民族の持つ悲しみというか、そういったものです」
「もういい。退がれ」

 泣きそうな表情のセシルの後姿を見送ると、ハンセルはその実体を部屋の奥へと消した。いままで何度か土橋を首相から降ろすべく自民党の支持を減らすように工作してきたハンセルであったが、何故か責任問題に発展することなく選挙を平然と乗り切り続ける土橋はハンセルにとって頭痛の種なのだった。

 ハンセルにとって、土橋は空洞だった。何も入っていない老人。生きているだけの、老衰で消え去るだけの存在。まさに日本の象徴のような、実体のなさそうな土橋のあり方は、ハンセルの理解を大きく超えていた。ハンセルにとって、理解できないものはすなわち恐怖の対象であった。

「そろそろ考えなければならんな」

 いままで何度そう思ったことだろう。しかし、土橋は遠からず世を去るだろうと思うと、リスクを冒してまで何かをしようという確率論的な合理性を導けないのだった。遺伝子的には、寿命を終えている頃合だ。時間が解決する性質の問題。極小の確率で生きながらえる土橋を思い浮かべながら、わずかな光の揺らぎが大統領執務室をせわしなく往復していた。

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「奴ら、何してるんだ?」
「さあ。大将のお友だちでっか?」

 確かに「第十五流星丸」の後部デッキの前で、集荷用キャリアを挟んで三人の男が言い争いをしている。その一人は、見覚えのある灰色の髪をしていた。

「おい、おっさんじゃねえか」

 俺は歩み寄ると、リッセンは振り返った。

「どうしたんだお前ら」

 どうやら、リッセンはほかの二人と押し問答をしているようだった。

「この宮本さん向けの資材を積載しようとしていたんです」リッセンは役人二人に説明をしている。なるほど、そういうことだったのか。
「だったら積荷の出航許可書を見せてくださいと言っているんですよ」役人は引き下がらない。微妙に、半笑いの表情だ。
 俺は役人に宇宙港の通行パスを見せながら言った。「ああ、これは俺が頼んだものだ。さっさと積み込んでもらわないと困るよ」
「何を言っているんですか。物資は既に全部積み込まれてるんです。それ以外のものは許可が必要なんです」
「それなら、ハガァー市長に貰ってある」
「は? 何ですと?」役人は心理的に後ずさった。でまかせなのだが。
「許可されてるのに知らないのであればそっちのミスだろ」
「じゃ、いますぐ照会してみます。お待ちください」役人は端末を操作している。「そのような指示は出ていませんが」
「だいたい、リッセンに市長が頼むはずがありませんよ。またリッセンが端末の前で夢でも見てたんじゃないですかね」二人で下卑た笑い顔を作った。
「リッセンは関係ねえだろ。俺が頼んだんだ」
「だったら、市長に直接確認を取ってからなら認めますよ」
「あと何時間もしねえうちに出航するんだ。船長である俺が言うんだから間違いねえだろ」
「市長はいま、いらっしゃらないようですな」端末から目を離して、俺を薄目で見た。

 どうあっても、リッセンに頼んでいた積荷を認めないつもりだ。どうやってこの場を潜り抜けてやろうか。

「じゃあ、市長のミスだな。いますぐ積んでくれ」
「それはできません・・・はぶわっ」

 俺は一瞬、目を疑った。強硬に反対する役人の左頬に、リッセンの強烈な右ストレートが炸裂したのである。役人は不意の一撃を見舞われ、そのまま壊れた人形のように後ろに倒れた。

「ひ、け、警察をっ」突然同僚を殴られたもう一人の役人は、ポケットから慌てて端末を取り出そうとする。これはマズい。咄嗟に役人の腕を掴んだ。手から端末がこぼれ落ち、顔が歪んだ。それほど力は入れていなかった。しかし何故か、手の中で何かが砕ける感触があった。折れた。いまの人間はそんなにひ弱なのか。驚きで手を離すと、役人は思わずかがんだ。

 ひるんだ役人の顔を、リッセンが蹴り上げた。役人は、前かがみの姿勢を保ったまま、前のめりに倒れた。リッセンは逃げ散ろうとする二人の役人をつかみ上げる。

「わ、分かった! 分かった、リッセン、許してくれ」

 どこまでも下衆な野郎だ。役人というのはどうしてこんな腐った奴がいるのかね。

「リッセン、彼らは喜んで積載許可を出してくれるそうだ。な、お前ら」
「は、は、はい」

 リッセンを見た。二つあるリッセンの顔のうちの、役人でないほうの顔になっていた。

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「おーい、セシルー」
「きゃっ」

 秘書官室に向かう廊下で、セシルは暴漢に襲われた。突然背中から抱きつかれたのである。

「何で半べそかいてんだ?」
「お願い、シェルミー。首と胸をつかまないでっ」
「やだっ」

 暴漢はなおもセシルの身体をよじ登ろうとしている。廊下を行き交うほかの官僚たちの視線が冷たい。シェルミーの力に耐えかねて、セシルはシェルミーともどもひっくり返ってしまった。

「ちょっとー」

 ようやく暴漢をはがしたセシルは、ふくれたように抗議の声を上げた。

「なーにがあったんだよー」シェルミーはあぐらをかいて、セシルを見詰めている。この無邪気な少年は、不思議とセシルを好んでおちょくる傾向があった。
「何でもないの」スカートについた埃を手で払うような仕草をすると、セシルは立ち上がった。
「どうせまた大統領にいじめられたんだろー」シェルミーも、あぐらをかいたまま空中に浮いた。
「ううん、私がだめだからなの」
「そんなの、ボクが良く知ってら」
「もう!」セシルは秘書室に向かって歩き始めた。「私、仕事に戻るの!」
「な、な、遊びに行こうよー」
「ついてこないでシェルミー。まだ仕事がたくさん残ってるんだから!」
「なー」
「だめ」
「第四階層の歌舞伎町行こうぜえー」
「また明日ね。今日は忙しいの」
「じいさんの考えていること、教えてやろうか?」

 セシルは振り返った。

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 藤本はパンパンと手を叩きながら歩み寄ってきた。

「いやはや、なかなかやるもんでんなー」

 何とも落ち着き払ったこの態度。憎たらしい限りだ。

「あー、そこのお役人がた。わし、藤本っていいますねん。ええ名前でっしゃろー」

 役人の顔が小刻みに上下している。

「ここにおわす宮本はんのパートナーですねん。宮本はんは猿、この藤本も猿。そしてわしらは今日太陽系を去る。だーっはっはっはっはっ」
「俺の背中を連打すなっ」
「あー、これは失敬。しっかし、あんさんがた、驚きましたやろ。痛いでっしゃろ。屈辱でっしゃろ。いやー、ほんま無様でんな」

 このビヤ樽はいったい何を言い出すんだ。

「あんさん、このまま帰ったら、どう報告しはります? リッセンはんに殴られました、妙な積荷乗っけられました、いうことになりますやろな」

 役人はこくこく頷いている。

「下手すりゃリッセンはんを訴えかねん。そういうことですやろ?」藤本は言った。「そうされると、わしら困りますねん」

 俺は腕組みした。

「せやから、こうしまひょ。いまここで、わしらとは出会わなかった」
「私たちは、あなたがたと出会いませんでした」役人は言った。
「あんたがたは、何の積荷も見なかった」
「私たちは、何の積荷も見ませんでした」
「殴られたり蹴られたり、骨が折れたのは、ここであんたがたが喧嘩したからや」
「私たちは、ここで喧嘩をしました」
「この完全なる第三者、ビューテフルボデーの藤本様の顔に免じるっちゅうことやな」
「藤本さまはビューティフルボディーです」
「そや! そういうことや!」
「どういうことなんだよ、藤本」俺は溜息をついた。

 俺が呆れて顛末を見ていると、藤本は役人たちの両肩をパンと叩いた。彼らはすっと立ち上がり、焦点の定まらない目でぼっとこちらを眺めている。
 藤本の指差した方向へ彼らが歩いてゆく背中を、三人で見送った。

「いやー、我ながら完璧な仕事やったな」藤本は首を鳴らしている。
「おい、何だいまのは」不審だ。不審すぎる。
「何て、そういう言い方はないですやろ。お役人は、このわしの肉体美に免じて赦してくれたっちゅうことや」藤本はまるでボディービルダーのようなポーズを取る。キモい。
「いったいいまのはどういう仕掛けなんだ?」
「話すと長くなりますねや」

 じっくり聞いてみたい気もするが、何よりこれから藤本と長旅をするのだ。道すがら、話を聞くこととしよう。

「それはそうと、早く積み込まねえと、また別の役人が来ちまうじゃねえのか」
「わしに任せておくれやす」

 藤本は、ひょいと集荷キャリアに飛び乗ると、慣れた手つきで貨物を積み込み始めた。「定圧・常温」と但し書きがコンテナに貼ってある。きっと食糧か何かだろう。

 ふとリッセンを見ると、何故か涙目になっている。リッセンの肩に手を置いた。

「とにかく、ありがとうと言っておくよ、おっさん」
「これで、お別れになると思いますが」リッセンはうなずく。「何とか、何とか開拓が成功することを祈っています」
「探索って、成功率低いんだってな」俺は天井を見上げた。
「はい。でも、ゼロではありません」リッセンは、藤本が操作するキャリアが掴んだ赤いコンテナを見ながら言った。「可能性がわずかでもある限り、宮本さんなら全力を尽くしてくれると信じています」
「全力を尽くすことは、約束するよ」
「はい」リッセンは無声で泣き始めた。
「そんな大の男が泣くことか。開拓に成功したら戻ってくるから、そしたら飯でも一緒に喰おうぜ」

 リッセンは、両手で俺の手を握った。いろんな思いのこもったぬくもりだった。顔をうつむけたリッセンの目から涙が流れ出て、固く握った手の上で弾けた。

「どうか・・・どうかご無事で」
「ありがとう、リッセン」

 リッセンと、最後の言葉を交わした。

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