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Chapter 1-22
『人間の持つ力というのは不思議なものだ。そうであって欲しいと願う真実を否定する、客観的な百万の証拠を突きつけられたとしても、たったひとつの例外的な事実が持つわずかな可能性にすがることができる、それが人間というものなのである。

 そして困ったことに、そのわずかな例外を探し出し、かき集め、培養し、拡大し、それまで広く普及していた統一的な理論そのものをひっくり返してしまうことを、人間はときとしてやってのける。

 ひょっとしたら、パラダイムの泥沼にはまっているのは、私たちのほうなのかも知れない。ずっとバカにして積極的に検証してこなかった仮説だが、最近は、そう考えるほうが合理的に思える。何故なら、私たちの存在もまた、私たちが生まれるはるか前から人間の意識のなかで誕生した概念だったからだ。』

−−”モノリス”γトラックスラー

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 ハッチを開けると、そこは20メートル四方程度しかない船室だった。不思議と籠もった空気特有の匂いを感じない。漁船という見た目とは裏腹に、正面一面に張られた大きなディスプレイ、操作用のコンソールパネル、そこに据え付けられたなめらかで機能的なフォルムの椅子が二脚。薄いブルーの壁紙に囲まれた小さな空間は、さらに下に向けて開き戸がくっついている。

「ここが操縦室や」

 ひとつ奇妙な点があるとすると、床が二重になっていて、普通の床がある数センチ上のところに握りこぶし大の大きさの金属の格子が床一面に広がっていることだった。歩きにくいことこの上ない。

「この鉄格子、何か意味あるのか?」
「ああ、ええとこ気づきまんな大将」藤本は大げさに肩を広げる。
「お前はクイズ番組の司会者かよ」
「そう! それや! こうみえてもわしは昔国営放送の司会者のバイトをやってましてなあ」
「もうお前の話はいいから。鉄格子は何でついてるのか先に教えてくれ」
「なんや、これからええとこやったのに」
「やかましい。とっとと説明せい」
「一言で言えば重力発生装置や」
「ほう。こんな鉄格子で重力が発生するのか」
「ただし人力やけんどな」
「?」
「無重力になったら、そこに足をはめて身体固定するんや」
「それじゃあただの鉄格子じゃねえか!」
「あー。短気は損気やで。いままで散々ハイテクの重力発生装置が開発されとるねんけども、結局これが一番効率が良くて機能的や、ちうことで、どんな大型艦でも採用されとる、安全と実績の鉄格子なんや」
「そういうもんなのか」
「そうや」藤本は胸をそらせている。何故こいつはここで威張る?
「で、これは床下収納か何かか?」
「いんや。この下は大将の”ぷらいべえとるうむ”でんがな」

 藤本が屈んでひょいと戸を開けると、藤本らしいとしか表現のしようのない笑顔で俺を見上げた。いつ見てもこいつの笑顔は心臓に悪い。

「どれ、さっそく見てみるか」

 特にはしごもないので飛び降りて見ると、ベルトつきのベッドと、ベッド脇に小さなスクリーンにコントロールパネルが置いてある、鉄格子床の小部屋だった。低い天井のおかげで俺は少し屈まないとならない。ここで俺は何年もあるいは何十年も過ごすことになるのか。

「どないでっか、大将」天井の入り口から藤本が顔を出す。
「ちょっとショックだ」
「なんでや」
「この部屋で長いこと過ごすことになるかと思うと、何だか幻滅するぜ」率直な感想だった。
「大将、そら考えすぎでんがな。そこのコンパネ、ほぼ三百年分七万タイトルのテレビや映画や音楽やゲームがぎっしり詰まっとって、全部見るのにざっと二千年はかかる計算ですわ」
「そういう問題じゃなくてな・・・」
「大丈夫! 全部見終わったゆうても一番最初に見たんは二千年前見たもの! 覚えてっこないやろ」
「ちがーう。延々と暇つぶしを狭い部屋で一人でやってるのが苦痛だって言ってるの」
「そないなときは!」藤本は人差し指で自分の丸い鼻を指差しながら言った。「わしと語り合えばそれでオッケー!」
「・・・分かった。もういい」俺は顔を手のひらで覆った。

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 操縦室で二人は並んで椅子に座って、これから向かおうとしている宙域の確認作業に入った。何かの作業をしている藤本の横顔はさすがに真剣そのものだ。単一乾電池のような指先で怒涛のようにコントロールパネルを操作し、作業そのものは五分もしないうちに終わってしまった。

「で、どうなんだ?」その様子を脇で見ていた俺は、様子を問うてみた。
「わしは健康そのものでっせ」
「誰がお前の話をしている。探索航路のことだ。うまく未開発星系は見つかりそうか?」
「そりゃあいまの段階では分かりゃせんがな、大将」
「まあ、それはそうだが」
「とりあえず木星周辺を数回周回してスイングバイ。航行速度の調整を終えてから目標宙域へ向けて旅のはじまりや」
「なるほど」俺はあごをしゃくった。
「せやけどな、わしらがおもとる、見えとる宇宙と実際とは全然違うもんなんやで」
「そうなのか」
「そうや。まず、わしらは目で見て判断しますやろ。あるいは機械つこて電波やら何やらをキャッチして、先方さんはどんなんか確認しますのや」
「ああ」
「駄菓子菓子、例えば二光年先に異常電波を発見したとしますやろ。それは、その異常は二年前にあったということしか意味せえへん。その電波がXYZ三軸全ての方向に放出されとるとは限らんし、ひょっとしたら断続的に起きる宇宙の「ゆらぎ」かも知らん」
「ふむ」
「しかも、あらゆる情報は先方さんが出す光や電波が頼りや。まっすぐ飛んできよるならともかく、どっかに重力でもあったら平気で曲がりよるし、別の象限で起きとる現象を同じように模写すっけど実際にはそこでは起きてへん同位体ちう厄介なもんもある」藤本は困ったような表情をして顔を近づける。
「そうなのか」

 前面に映し出されるスクリーンには、作業工程の進捗状況が各探査船ごとに表示されている。我々がダントツのトップだ。俺を示す15番艦だけ、コンプリートを意味する緑色で表示されているのが分かる。さすがに藤本は自分で言うだけあってスキルが高いのかも知れない。

「せやから、あくまで出発時点で決められんのはだいたいこっち行きまっせというとこだけ! そっから先は行ってみんことには分からんワンダーランドちうことや」
「ははあ・・・それじゃ探索の成功率など高いはずがないってことだな」
「そうなんや。どんなわしらの技術が進歩しとっても、トラブル先からの情報なし、じゃ気づかんし対応もできん、ちゅうことや。こっちも光速に近い速度出して、向こうもこっちへ向かって進行中、ってことやと、一瞬が命取り! せやから仕事の早い藤本様に巡り合った大将はまさに超ラッキーってことやがな」
「最後のとこだけが良く分からなかったが、なんとなく事情だけは分かった」
「そやろ。それにしても他の船、おっそいな。まだ航路フォーマットでとまっとる連中がゾロゾロや」藤本は大げさに肩をすくめた。
「でもまあ、設定リミットまで一時間半以上あるし」

 藤本がきちんと仕事をしたと仮定して、それでもほかの探査船は進捗率30%台でしかない。それでも制限時間どおり終わるであろうが、同じ境遇に置かれた級友たちのことを思うと何ともやりきれない気分になる。

「今日でここもお別れ。大将、最後にぶらぶらしてきはったらよろしやろ。わしは連絡があったら対応せなあかんから出られへんけど」
「そうだな。だが散歩に行く前にひとつ教えてくれ。お前とほかのパートナーで設定作業にかかる時間が何故こうまで違う?」
「最近は航行士(パートナー)の質もめっきり落ちてなあ」
「何でだ?」

 俺は改めて溜息交じりの藤本を見た。

「何でもムカデもあれへん。地球連邦が宇宙開発を奨励してへんねや。んなことやからリスク取って宇宙に出てこうちう優秀な若い奴が出て来ませんのや」
「人間が宇宙に行っちまったら手に負えなくなりそうだからじゃないのか」
「ま、そんなとこやな。いまじゃ決まりきっとる安全な航路通った運行しかせえへん。宇宙はロマンや。男の生き様そのものや。どーせちまちま生きたって赤黒い地球のどっかの地べたか惑星の回りの辺鄙なコロニーでくたばるにきまっとる」二人はほぼ同時に腕組みをした。
「それだったら、どこか遠いところへ、か」
「誰もやりたがらんことをやる。それが、男ってもんや。うまくいくかどうか分からん、コケたらあのでっかい宇宙のどっかがわしの墓場や。それでええと思うとる。誰も知らん新しいとこへ行って、生きて帰って皆にそこ教えたって、んでまた新しいとこ行って、それがわしの理想や」
「なるほど」藤本の肩に手を置いた。「少しはパートナーだと思えてきたな」
「何を言うとりますのん。わしははじめっから大将のパートナーでっせ」

 俺はゆっくりと立ち上がる。その俺を見る藤本の顔が、やはりゆっくりと、上を向いた。

「あとで話そう。俺はちょいと宇宙港ロビーを散歩してくる」

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 宇宙港ロビーは開店休業状態で閑散としていた。

 出航する船へ急ぐ旅客の列も、別れを惜しむ家族の姿もそこにはない。それでもロビーに面してオープンしている店だけは入る人のいないロビーへ向けて、色とりどりの広告をぼんやりと投げかけていた。三十階建てのビルは優に入りそうな高い天井では変な形の飛行船みたいなものが飛び回り、犬の彫像つきの噴水をぐるっと囲むように誰も座っていないベンチが主人を待っている。

 別に土産を買うでもなく、俺はのんびりと店を物色して回った。買う気がないのが分かるのか、店員らしき姿は誰一人として近づいてこない。カバンに酒、箱詰めの菓子に置物やタオルといった俺の時代にも良くあったものしかやはり陳列されていない。ここは日本領というから、日本円で流通しているのかと思ったが、蛍光価格プレートには「4,000G」といった具合に記されていた。円は滅びてしまったのか。四千ゴールド? 四千ガバス? 四千ガメル?

 いくつか店を見て回って奥まったところに、アノニマス・フィールドと青緑のネオンを掲げた店が「間もなく閉店! 在庫一斉セール開催中」という張り紙を出しているのを見かけた。洋服屋だったか、地球でもるなが関心を持って見ていた店だ。そういえば、このコロニーの一等地にも出店していたが、結局入店することはなかった。

 この際だと思い、思い切って中に入ろうと思った。
 何か、ずっと気になっていたのである。

 正面のショーディスプレイには、相変わらず首のない女の子のマネキン人形が三体、規則的なリズムで動き回っている。その横にある入り口から入店すると、外からは窺い知れなかった奇妙な光景が店内では広がっていた。

 三階吹き抜けの高い天井から何が光っているのかは分からないが店中が明るく、派手なパステルカラーで彩られた店舗の内装と共鳴して、まばゆいばかりのきらめきが空間が満たされている。まるで大きな玩具屋のようだ。

 そんなに明るい店内を見て俺の瞳孔が閉じずにむしろ広がったのは、そこで整然と陳列されている商品が異常だったからである。店頭で踊っていた三体のマネキン、それと同じものが所狭しとびっしり展示され、各々微妙に違う、背格好か、肩幅か、腕の長さか、豊乳か貧乳か、そういったパーツの特徴ごとに区分けしてあるのだ。

「マネキン屋?」

 思わず一人ごちたのは、この店内に俺しかいないという事実が受け入れがたかったからである。少なくとも俺以外は誰も動いていない。見渡すと、向こうのほうに「今月のお奨め品」コーナーまで設置してあり、やはり首のない女性の肢体が何体も売られていた。

 「今月のお奨め品」コーナーに足を向ける途中で、ちょうど入り口から一番奥にあたるブロックに、今度は女性の首が陳列棚に並べられているのを発見して、ぎょっとした。ショートヘア、パーマにアフロ、白黒有色の肌色、輪郭から顔の作りまでどれもちょっとづつ違う。その数、およそ五百はあろうか。まるでボウリングのボール置きみたいなところに首がゴロゴロと並んでいるのだ。

「まさか、なあ」

 独り言を言いながらも、心なしか足早に「首売り場」へ歩いていった。目玉こそ動かないが、彼女たちの前に立った俺は何となく全員に凝視されているような気がして、学ラン首もとのカラーを外す。いまにも全員が喋りだしそうな勢いだ。それでも気を取り直して別に何事もないだろうとは思いつつも、ひとつづつ、丁寧に見て回った。別に、それをした、だからどうだというわけでもなく、同時にどうであっても何の結論も出ない無駄な作業だ。そうは分かっていたとして、なお、俺は一つひとつ女性の顔を確かめていった。

 陳列棚の端っこの、下のほう、プレートに「MSB-5012 4,300G」と書かれた首には、見た顔があった。そうであって欲しくないと思いつつも、奇妙な形での再会を果たした。

「るな」

 俺はそっと、その首元に屈みこんだ。何故かいろんな感情が腹のところからこみ上げてきたものの、それは沸騰するでなく、沈静するでなく、ただいろんな感情は感情のままで、俺の中でぐるぐる回っていて、心の中に複雑な像を象る。

 首と俺は、しばらく見詰め合っていた。

「お客様」

 俺の左前の空間に、小さなスクリーンが開くと、恐らくAIと思われる店員のホログラムが表示された。

「弊社の商品にご関心をお持ちですね、お客様」
「まあ、ねえ」

 俺が立ち上がると、スクリーンもまた、上がってきた。

「すまん、お前さ、俺、誰だか知ってる?」
「いいえ。でも、お客様ははじめてご来店ですね」
「ああ。とりあえず、興味はある。だが買う金もなければ買った品物を持ち帰る家もない。それにここに再び戻ってこられるかどうかも分からん」
「まあ、まあ、お客様。どうせですから、私に商品の説明をさせてください、はい」

 初老の落ち着いた風貌をしたAIの声を聴いて、逆に落ち着いてきた。

「基本的なことを訊きたいんだけど、いいかい」
「はい。どうぞ、何なりと、はい」
「この店は、何を売っている店なんだ?」
「はい、はい」店員AIは画面の中で器用に揉み手をしながら話し始めた。「私どもアノニマス・フィールドは、パーソナルドロイドの専門店でございます、はい」
「パーソナルドロイド?」
「はい。当店では、お客様お好みのドロイドをカスタマイズしまして提供しております、はい」
「それが、ここに並んでいる身体のパーツや首ってわけか」
「はい。さようでございます。まずは有機ドロイドか無機ドロイドをお選び頂いて、そこから体脂肪率や肢体の長さも無料でカスタマイズさせて頂いております、はい。それだけでなく、掃除、洗濯などの機能や、受け答えアルゴリズム、性格や知能、さらにはホームドクター機能、財務会計あるいは法務知識なども有料ですがオプションで付与させることが可能となっております、はい」
「そういう機能を選ぶだけで、自分だけのドロイドができあがる、というわけか?」
「はい。お客様は知能がお高い。アノニマス・フィールドが選び抜いた遺伝子コードからお客様に最適なドロイドを提供できると自負しております。しかも、ご注文頂いてから納品までたったの二十分! 専用の細胞クローニング槽を完備しておりますのでアフターケアもオプション追加も当店で全てまかなえます、はい」
「なるほどな」俺は視線を落とし、腕組みをした。
「まあ、お客様、まずはじっくりと考えて頂いて、当店では多重債務者も安心の自社ローンで最大1,200回までの分割払いも可能ですのでご安心ください。通常の耐用期間は四年ですが、保証は五年分つきますし、丁寧に扱えば十年以上稼動させることも可能です」

 店員AIとの会話を、七百の生首が見ているというのは実にシュールなアングルだ。それはともかく、至るところでこの店を見るということは相当繁盛しているのだろうか。

「なあ、そのパーソナルドロイドってえのは、きょうびかなり普及してるもんなのか」
「はい、それはもうお客様」店員AIは一層熱心に手もみしながら解説する。「何しろ日本政府においてもその下級公務に当店のドロイドを採用頂くほどで、運用も低コスト、安全性も抜群ですから幅広いお客様にご愛用頂いております、はい」
「日本政府、か」
「はい。地球では社会不安が一時期増大しておりましたが、連邦行政も各国政府もドロイドの保有を奨励しまして、低価格化が進んだことで犯罪も相当減少致しました、はい」

 ドロイドが普及して、犯罪が減少。つまりはドロイドを使って政府が各個人の生活に入り込み、不穏な精神状態になった人間を割り出すのを容易にしているか、閉塞感の鬱積した連中がドロイドを性欲や暴力欲の対象にしてガス抜きになっている、ということなのだろう。俺の時代にも満たされない欲のはけ口としてアダルトビデオやメイドブームがあったのと同様、人のやることは変わらんということか。

「何しろ、大人になったら自分のドロイドを持て、といった風潮が出たことが追い風となりまして、たいへん多くのお客様にご支持頂いております、はい。中には何体もお求めになるお客様もおられるぐらいですから、ご安心くださいませ」
「まあ、いつの時代も大差ないということだな」
「は? 何でございましょう」
「いや、何でもない。で、この四千何とかGというのは何なのだ?」
「ゲイツでございます、はい」
「ゲイツ?」
「はい。ゲイツ。連邦の統一通貨単位でございますよ」
「ゲイツ??」
「はい。かつて地球連邦が組成されました際に、世界の技術をリードしたコングロマリットを創設されたゲイツ女史が膨大な寄付を連邦にされた功績で通貨単位になったのでございます、はい」
「ゲイツ・・・フリーズしそうな通貨だな」
「お客様、ご冗談を。当時ゲイツ女史は世界に良質で安価なコンピューティング・プラットフォームをあまねく提供され、目もくらむような巨万の利益をお挙げになられましたのです、はい。その功績は当時の人民に強く賞賛され・・・」
「・・・分かった。今日はどうもありがとう」

 放っておくといつまでも説明しかねない。俺は眩暈を感じて、店をあとにしようとした。別に機嫌を害したわけではないが、何となくこの店に俺は居てはいけない人間であるような気がしてきたのである。

「あ、そうそう、お客様」

 出口に向かって歩を進める俺にまとわりつくように、店員AIが俺の左前から離れようとしない。

「なんだ、この店については良く理解したぜ。機会があったらまた来るよ」
「実は当店は今日で閉店でして」
「ああ、そうだったな。いろんなところに店、出してるんだろ。そこに行くよ」
「お客様。どうせですから、今日一体お持ち帰りになられますか。・・・ああ、いいえ、お時間は取らせません」
「悪いが俺は文無しだ」
「いいえ、お代は要りません、どうせここの子たちは助かりませんし」

 俺は立ち止まった。

「・・・どういうことだ?」
「はい、お客様。今日でこの店舗は閉店、この子たちも処分されることになっております。ご覧のようにいまは戦争で宇宙港も民間利用が停止され、開店休業状態ですから、是非お客様にと思いまして、はい」
「なあ、お前、いったい何を隠している?」
「いいえ、私は・・・」
「俺が言いたいのはな・・・」

 言おうとして、口ごもった。恐らくこのAIは単に客の受け答えをソツなくこなすためだけにプログラムされたものだろう。感情的に何かを言ったとして、何か良いことがあるとも思えない。

「まあいい。気が変わったらまた来る。だがいまは要らない」
「はい、左様ですか。では是非またお越し下さい、あと一時間ほどは開店しております。よろしくお願いします、はい」

 恐縮することしきりの店員AIに俺は軽く目礼をすると、アノニマス・フィールドを立ち去った。

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 俺はもうどこかの店に入るという気もすっかり失せてしまっていた。
 誰も居ない宇宙港ホール中央ベンチの近く、忠犬ハチ公を象った巨大彫像の回りを考えながら歩いている。バカに高い天井、八百メートル四方はあろうかというホールのど真ん中に俺一人というのも寂しいものだ。戦争がないのであれば、きっとこのあたりは人でごった返す場所なのだろう。あちらこちらにゴミ箱が置かれ、恐らく物売りのワゴンが止まる場所なのだろう車止めが黄色い光を放っている。

 落ち着いてベンチにでも腰掛ければいいのだろうが、何と言うか、怒りとも悲しさとも戸惑いとも懐かしさとも嬉しさともいえない、何とも微妙な感情が治まらない。あのアノニマス・フィールドに一歩足を踏み入れたときの違和感、身体のパーツを見たときの疑念、るなと同じ顔パーツを探すときの焦燥感、そして、それを発見したときの喪失感。千年の”技術”が人間と構造物、あるいは感覚と実態の境目というものを曖昧にするというか、同一化してしまって、それが何であって、本質はどうなのかという、ものを見失わせるために作り上げられているでっかい虚構の塊の前で俺の感情だけが騙されてぐるぐると空回りしているような空しさを感じさせたのだ。

 ひょっとしたら、俺自身の実体さえも怪しい。この身体は、意識は俺のものなのか? もちろん、人為的に蘇生されたのだから実感が乏しいのはやむを得ない。しかし俺の性格も、記憶もそのままでさえあれば、俺は肉体を変えて時を超えても俺であり続けているという保証はあるのだろうか?

 自分の存在証明さえはっきりしない俺が見聞きし、出会った連中、それが実体であるかどうかはどの程度確かなのか。仮に俺は壮大な夢の世界の住民だったとして、その夢を見ている主体とは誰なのか。浦島太郎が竜宮城で夢のような生活をして戻ってきたら幾星霜もの月日が流れていた。竜宮城で過ごしたときの物理的な時間の流れと浦島太郎が楽しんだ精神的な時間の流れが違うということを意味する。物語こそそこで終わっているが、浦島太郎が帰ってきたあとに彼が体験しただろう現実と同じものを俺はいま直面しているということなのだろう。

 しかし、問題はより複雑だ。俺がこれからする体験は、未知のものだ。体験とは、見たり触れたり誰かと話したりして入手した情報の束だ。そして、俺が何らかの手を尽くして、あるいは向こうからやってきて手にした情報が虚構だったとしたら。誰かの意図した情報を入手させられ、それを真実と判断したとき、俺はみすみすその誰かの意図のまま行動を起こすことになる。当たり前の話だ。だが誰かの意図で流した虚構の情報は、実体による情報とどのくらいの差があるのだろう。間違った情報を信じることによって困ることは何か。判断を間違うということだ。判断を間違って困ることは何か。結果が出ないということである。

 思い返せば、日本政府の「いたこ2号」はその高邁な目標とは裏腹に全くと言って良いほど結果が出ていない。理由は、藤本が説明してくれたように幾つもあることだろう。技術的に未熟である、そうであるが故に光速飛行での航行の成功率は低い。で、その藤本の発言は信用に足るのだろうか。隠していることだってあるだろう。藤本は信用の置きづらい変な奴だが進んで嘘をつこうという人間とも思えない。だが、藤本自身もまた、誰かの虚構をつかまされているとしたら。

 ひょっとすると、実は未開発星系の探索そのものの成功率は低くないのかも知れない。逆に、探索の成功率が限りなく低いということにしておかないと、困る奴がいる、という仮説も成り立つ。だからこそ、リスクもコストも高い探査はやめておけ、という話だ。

 探索が成功すると、誰が得をするのだろう。未開発星系の探索が成功し、さらにどうにかして開発がうまくいけば、開発星系は生産を開始し、物資が流通し始める。まず儲かるのは貿易業者だ。クリーク商会か。そして、政府は新しい領星を獲得し、権益が広がる。これは日本政府だ。ここまでは当たり前の話だ。

 仮に地球並みの環境の惑星が見つかったとして、食糧事情さえ安定すれば、地球の人間はそこに移住した順から助かる。探査がうまく行くと困るのは、人間が地球から出て行ってしまうとか、地球から離れられないとか、力をもたれると相対的に地球の地位が低下するとか、そういった理由か。あるいは他に何かあるのだろうか。しかし、食糧が供給されさえすれば地球に住む人間は生き延びることはできるのに、何故、食糧供給の増大を狙って探索を強化しないのだろう。

 考えをまとめるのに必要な情報が足りない。いまここで情報を集められたとして、それが正しいのかどうかを判断するには、まだいまの社会に関する知識が足りない。手分けして情報を集められる仲間を求めようにも、初芝や小宮山は探査船に留まったままだろう。小宮山は、遺してきた自分の娘がどう生きたのかを確かめたくて、ずっと予備生のままで情報を集め続けていたという。それが事実だとして、彼はどうやって情報を集めようとしていたのだろうか。いま俺が感じ始めた苦悩と同じものを抱えていたのか。

 いや、小宮山たちそのものも虚構なのかも知れない。境遇が同じだというだけで、たかだか数日を共に過ごした彼らを無条件に信用できる保証はどこにある。さっきの店員みたいに、悪いことはひとつも言わないようにプログラムされた言葉とは比重が違うと思いたいが、いったん何かを疑いだすときりがない。しかし、俺がかつて生きていた時代よりもはるかに巧緻に、それでいてどこかデタラメにできている。そのデタラメな部分を一気に突き崩す何かが、きっとどこかに存在するはずだ。

 そして何より、理沙は生きているという、クリークを名乗る男が伝えてきた情報。虚構なのか、事実なのか。事実であれば、いま、どこでどうしているのだろう。探査の成功が高かろうが低かろうが構わない。身を切るような厳しいものであったとしても、少しでもわずかでも先に進む努力は惜しまないつもりだ。むしろ、具体的な情報を一切入手することなしに、戻ってくることができないかも知れない旅路に就くのがつらい。ほかの連中がどうだったか知らないが、俺には選択肢があった。クリーク商会に入社するという、おぼろげな選択肢が。虚構か俺を試すものだったのかも分からないが、いま俺が木星軌道上にいるという事実でさえ半信半疑なのだ。本当に、千年の時を超えて俺と同じく蘇生して、どこかで暮らしているというのか、理沙。

 だが待て。いま俺が理沙のことを思って逡巡していること、そのことを目的に流した虚構だという可能性もある。俺が地球を離れないようにするために? 理沙を探そうと衝動させるために? または逆に、探査を死に物狂いで成功させようとするだろうと踏んでのことか? ということは理沙はやはり死んでいる? そもそも理沙が生きているという情報は、俺の目の前で煙のように消えたクリークが語ったものだ。しかも、どこに理沙がいるのか詰問したときに消えやがった。思い出すだけでも忌々しい。

 まさか、まさかそのことを伝えるためだけに、どこかの誰かが壮大なギャグをかましたわけではあるまいな。だが心のどこかでは、虚構と分かってもそうであって欲しいと信じたいと思っている。生きていて欲しいと強く願っている。これから神風突撃隊のようなミッションに身を投じるところだというのに。確かめる時間は、俺にはもう残されていない。ちくしょう。

 抑えられない苛立ちの感情のままに、その衝動を左足に込めて傍にあったゴミ箱を蹴り飛ばした。

(ゴン)

 正確に言い直すと「蹴り飛ばした」のではなく「蹴ってしまった」もしくは「左足を強打した」という表現になるだろう。強烈な痛覚が左足から全身を覆い、俺は倒れはしなかったものの思わず「ぐえっ」と呻いてしまった。この安っぽいゴミ箱、どうも激しく床に固定されていたようなのである。しかも、やたら頑丈であった。痛すぎる。半分涙目になって左足をさすりながら、この場が無人で目撃者がいないということに感謝しようとした。

「ひょっひょっひょっひょっ」
「ああ?」

 見上げると、誰も居ないはずのベンチに小汚え婆さんが座っているではないか。

「婆さん、ひょっとして、いまの一部始終見てた?」
「幻はうぬが迷いの表れと見定むるべし」
「ん?」
「迷わば幻はうぬをさらに惑わし、疑わばうつつが事の次第を覆い包むじゃろ」

 俺は眉をひそめ、精神的に身構えた。以前シェルミーとかいう小僧がテレパスを使ったように、この婆さんもまたいまの俺の考えを見抜いているのかも知れない。

「迷うな、疑うな、と?」
「うぬが道を見定めよ。その道をととと歩めば事の次第も自ずから詳らかになろう」
「そんな無茶な道理があるかよ。だいたい目先のことだってちっとも分かりゃしねえのに、ことの真偽があっさり分かるようなうまい話があってたまるか」
「迷える地球の子、幸司よ。精神の天分には四つある。宿命、運命、使命、天命よ」
「ほう?」
「宿命はうぬが精神の地。容易には変えられぬ。故、うぬは乞われてここを出るじゃろう。運命はうぬが精神の気。運命は地と天を埋むるが如く広がっておる。故、うぬは受け入れがたい宿命に戸惑い悩みより抜け出せておらぬ」
「・・・」
「使命は精神の月。うぬの精神が目指す先をいう。故、うぬは新たな大地に赴く決意を固めておろう。天命はうぬが精神の太陽。うぬに命が再び下された意味じゃ。うぬが天命は生を育み正しき道を歩むるよう人を率いていくじゃろう」
「婆さん、占い師か何かか?」
「かりそめの外見、虚ろに眺めておっては看破はあたわぬ。まずはうぬが道を見定めよ。その眼に尊き道見ゆるとき、うつつは消え、幻は露となりて事の次第を鮮明に顕す。既に滅びし地球の子、幸司よ。うぬが<力>は平衡にあり。その<力>、物の理を見抜き、さらに物の推移を詳らかにす」
「そんなことを言われても、いまの俺には分からん。だが、俺の道は既に決まっている。それでも婆さんはそう言うが簡単に現実が見極められるとも思えん」
「うぬが道は、うぬのみの道に非ず。うぬの前にたれもおず、而してうぬが後には大勢が来ゆる新進の道よ。常に先頭にあり、見誤ってその害はうぬのみに降るものに非ず」
「えれえしんどそうな話だな」
「幻は迷える人なればこそ、水に浮かぶ危うい丸太の上にあるように、時として堪忍を、また時として敢然と事に対処せねば一事は成らぬと心得よ」
「ふむ。だから<平衡>か。迷うからあれこれ疑う。そういうことでいいかね」
「左様。地球の子、幸司よ。幻を祓い、心を平常にあって初めて人を間違わず導くことができるのじゃ」
「なるほど。それは面白い」

 俺はあごをしゃくった。

「じゃあ、まず・・・」俺は一歩前に出た。「お前が幻だ!」

 俺の痛くないほうの右足で、婆さんを鋭く蹴りつけた。しかし、右足は婆さんのイメージを通過してたちどころにその姿は消え去り、噴水に流れる水のささやかな水音だけが聴こえた。

「で、本体はどこにいるんだ?」

 振り返ると、オレンジ色のゆったりとした服をまとった年齢不詳の女性が、足を組んで座るように宙を浮いていた。少しくすんではいるが黄金色の見事な長髪が印象的だ。

「良く分かりましたね、幸司さん」
「また幻か?」
「いえ。こちらは実体です。蹴らないでくださいね」女は笑った。
「話したいことがあるなら、最初からそうしとけ」
「試すつもりはなかったのです。ごめんなさい」

 至近距離から見ていると、どうにも顔が火照る。というか、何だか全身が熱くなってくる感じだ。

「で、お前何者?」
「そうね、ビッグマザー陛下の、親しい友人、と名乗っておこうかしら」
「はあ」

 これはギャグで言っているのだろうか。

「いくつか訊いておきたいことがある」
「どうぞ」
「こっちの世界に来て、まだ一週間も経ってない」
「はい」
「要するに、お前は俺の味方? 敵? 何なの?」
「正確に言うと、私は貴方の宿主、ってことかしらね」
「はあ」
「私の弟妹たちの一部に、私が魂を吹き込んだ存在。それが貴方」
「たましい?」
「それより・・・ひとつお願いがあるの」
「俺に?」
「ええ。貴方はこれから別の星へ行ってしまう。そこで、貴方の持っているカード、それを使って欲しいのです」

 この女、何故カードのことを知っている。ビッグマザーのお使いで来たシェルミーから渡されたもので、この女もビッグマザーの親しい友人を名乗るのであれば、一応の辻褄は合うが、何とも気になる。しかし、奪うでもなく、使え、というのだから問題はないだろう。

「心に留めておこう」俺はうなずいた。
「ありがとう、幸司さん。お礼に、貴方が関心を持っていることをお教えしましょう」
「何だ」
「理沙さんは、まだ、生きています」
「何だと」

 どこだ、会わせろ、と掴みかかりそうになりながらも、こらえた。この女、どこか近寄りがたそうな、それでいて暖かそうな、不思議な雰囲気を持っている。

「でも、少し事情があって、いまはお引き合わせする状況にないのです」
「これから旅に出る。もうほとんど時間はない。彼女がいま、どういう状況であれ、一言でも話をしたい。というか、詫びたい。それは可能か」
「貴方と理沙さんの精神はいま、互いに立てかけた二枚のトランプのような状態なのです」
「何だ、それは」
「貴方の気持ちはとても張っている。新しい社会、未知なる旅路、手探りの活動、あらゆるものを理解し、消化しようとしています。そして、成功を成し遂げた暁には理沙さんを探そうと考えておられたと思います」

 俺は語る彼女の口元を見据えた。

「彼女もまた、貴方に会えるかも知れない、会いたいと願っていて・・・それを果たすために非常に厳しい環境の中、頑張っています」
「理沙が」彼女から目線を外し、床を見た。
「直面している運命を切り拓くために努力している貴方がたを、いまお引き合わせしてしまうと・・・」
「トランプが、二枚とも、倒れてしまう?」
「そう。でも、安心してください。ビッグマザー陛下が彼女をお守りしています」
「はあ? 陛下は戦争を始めようとしているそうじゃないか」
「それは虚構です、貴方が気にしている。陛下はこの混乱に頭を痛められています」
「ふむ。額面通り受け取るのもどうかと思うが、いまは、そういうことにしておこう」
「そう、これを持って行ってください」

 彼女はその美しい首元から下げていたネックレスを外すと、それについていたオレンジ色の宝石をしなやかな指で軽くつまんだ。それをふっと息をかけると、俺の目の前にポンッと転移された。

「本当は、直接手渡ししたいのだけど・・・私、貴方を傷つけたくないから」女はそっと笑った。
「何だか知らないが、ありがとうよ。で、これは何?」
「貴方が、この星から出て行った証。ほかにも、いろいろと」
「いろいろと、ね」俺もつられてぎこちなく微笑んだ。
「幸司さん、お話したいことはたくさんあるのだけれど、そろそろ戻らなくてはならないわ。今日はありがとう」
「そうかい。最後にひとつ教えてくれ」
「ええ」
「何故、俺なんだ。ほかにいくらもいるだろう、似たような奴が」
「それはね、貴方にしかできないことがあるからなの」
「偶然、って奴か?」
「人にとっては、知りえないことを偶然で済ますこともできるけど、宇宙には偶然というものはひとつもないのよ」
「神はサイコロ遊びをしない、か」
「ううん。神はサイコロの目を、選べるの。それじゃあ幸司さん、頑張って。理沙さんのためにも」

 女はオレンジの衣服を翻すと、ホールの高いところまで一気に飛んで行き、いつの間にか、消えてしまった。あっという間だった。

 世の中っていうのはいろんな女がいるもんだ。そう思いながら、奇妙なぬくもりを感じるオレンジの宝珠を左手で弄んでいた。

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