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「いやいやいやいや、酔えば酔うほど、酔っ払う。るなちゃん、これだよ人生は!」
とりあえず生き返ってはみたものの。時代は変わっても酒ってのはあるもんだねえ。
「幸司さん! ダメです、いきなりそんなに飲んじゃ!」
「わはははは、なんつーか今日はいろいろびっくらこいた。びっくりしたけど、世の中がこんなに便利になっちゃ、人間やることなくって困っちゃうなー」
「ああっ、大事な配給分、全部使っちゃった・・・それもたったの二時間で・・・」
うわ、るなの目がうるうるしてきたぞ。なんだかいきなり修羅場っぽくなってきちまったぜ。参ったな。話をそらさなければ、俺の経験上大変なことになっちまう。
「な、な、今度はるなちゃんのことを聞かせてよ」
「わ、わたしのことですか?」
「そそ、るなちゃんのこと。彼氏とか、いるんだろ。そんだけ可愛いんだもの、周囲だって放ってはおかないんじゃないの?」
「そ、そんなこと、ないです」
「だってさ、そのフリルのついた長い丈のスカート! 他の男は誘惑しませんよ、っていう彼氏へのメッセージなんじゃない?」
「違うんです、これは、その」
「わっはっはっは、男ってのはな、何世紀経っても変わらねえんだよ。多分だけど。や、ほんと、るなちゃん可愛いと思うよ。ほっぺたのあたりとか、せくしーだよね」
「そ、そうですか?」
「うんうん、そう思う。だって君、すっぴんだろ。俺の生きてた時代なんかな、いい年こいた女が薄着で厚化粧して辛うじて女としての尊厳を保ったつもりになってるんだ。土台が悪けりゃ意味がねえってんだよ。なあ、おい」
「なんか、話がそれてる気が・・・」
「大丈夫だって。この幸司さまに任せておきなさいってんだ。やあ、今日は最高の気分だなあ。じゃっ、改めて、俺様の復活を祝って!」
「ま、まだ飲むんですかっ」
「当たり前じゃん。酔えば酔うほど、酔っ払う。さっき言ったろ!」
「もう何度も聞きました・・・」
でも、るなもこのぐらいで照れるなんて。見た目どおりウブだし、結構難攻不落なんだろうな。それとも、彼氏の縛りが相当キツいとか。
「わたし、自室に男の人お呼びしたの、初めてなんです」
るなはいささか緊張した面持ちに見える。それにしても、女の子らしくないというか、何ともぶっきらぼうな部屋だ。もっとも、ファンシーな家具とか熊のぬいぐるみとかそういうのは期待してなかったけど、例の空飛ぶベッドのちっちゃいのと、ちょっとだけふかふかの床、それと壁の色とお揃いの薄いピンクのクッションだけ。
「そーだろーなー、ムードも何もあったもんじゃないなー。女の子だったら、もちっと、あれだ、かあいいグッズってもんがあんだろ」
「あ、そろそろ放送が始まっちゃいます」
「放送? 何それ? テレビ?」
るなが何かしぐさをすると、壁に立体スクリーンが現れた。ふん、もう驚かないぜ。
「なあ、何が始まるんだ?」
「政府広報です」
「はぁ? 何でそんな脳味噌が腐ってやまない糞面白くもなさそうで翌日まで酒が残りそうで便のキレが悪くなりそうで北朝鮮に拉致られそうなもんを見なきゃなんねんだ?」
『宇宙の風は太陽の心。こちらは国民のための地球連邦政府です』
「うひゃあ。くっさい台詞。何だ、この糞なオープニングは。死ねよ、お前ら。どこをどうひっくり返したらそうまで嘘を八億も縦に並べて富士山三個分の高さになりそうな無意味な言説を縦横無尽にお取り扱い可能なんだよ」
『敬愛なる我が国民よ。我が連邦は再び不逞極まりない挑戦を受けようとしている。偉大なる女王陛下、ビッグマザーの信託を受け、いま、まさに新たな栄光を、この比類なき連邦が授かろうとしていることを、国民は感謝しなければならない』
「ああ・・・始まってしまうのね・・・」
「な、なんだ、このものものしい展開は・・・」
画面には、銀髪のおっさんが息詰まるほどの威圧感いっぱいに映し出され、おっさんのその迫力に潰されたかのように申し訳程度に画面下方にスピーチテーブルがひっそりと映っている。何だか気に入らない。それも大部分がだ。だが、どうやら大事な発表をこれからおっぱじめる可能性は、さすがのこの俺にも感じ取れた。
「なあ、このおっさん誰?」
「連邦のハンセル大統領閣下・・・」
『女王陛下は国民を、連邦を、そしてこの太陽系を愛しておられる。そうであるが故に、この度の一部の不届きな宇宙コロニーおよび開発星系の独立、反乱が人類の恒久的発展の妨げとなることに強い懸念を示されておいでなのだ』
「おいおい、戦争でもおっぱじめようってのかよ」
るなは深刻そうに画面に注視している。今日昼間のるなの説明で、ある程度いまの社会がどういう状況になっているかは軽く理解したつもりだったが、この平和そうな世の中でそんな動きになっていたとは全く予想していなかった。
『・・・であるからして、我々はこの蛮挙を断じて容認することができない! かかるこれらの連邦への不当なる圧力に対しては、自明の正統性を持って、強い意志で対処していかなくては我々の輝かしい未来は到来しないことは、国民全員が知るところである・・・』
んー、長い。何だか白けてきた。っていうか、ボルテージが上がるのは一向に構わんが、正直つまらん。社会を人間が支配しようがコンピューターが統治しようが、この決定的な下らなさはそう大差ないということだ。
『・・・よって、女王陛下御自ら率いられる連邦十軍を持って、これらの野望を打ち砕き、従来の、いや、それ以上の国民の結束でこの試練を乗り越えていくことが、我々政府の使命と私は任じる。いまこの時を以って、反乱者全員の国籍を剥奪し、宣戦を布告する!』
「・・・!」
「どしたの?」
「どうしてこうなってしまうの!?」
「ん?」
「他に、できることはなかったというの?」
「よく分からんが・・・落ち着けよ、るなちゃん」
今日復活したてのほやほやの俺に問われても事情がさっぱり見えないので応えようがないのだが、いつの時代でも何か行動を起こして人が人を殺める時にはそれ相応の大義名分というものが必要で、どういう形でも勝ちさえすれば何とでも収まりがつくのが世間というものだ。善意や慈悲だけで回っていれば、流れる涙が大河のように歴史を綴ることなどないであろう。しかし・・・俺の復活記念日が、開戦記念日になっちゃったわけね。
『・・・また、このような蛮行が繰り返されないためにも、劣勢かつ劣等な人的資源の排除が妥当と判断し、人的資源保全プロジェクトを中止することを宣言する』
「人的資源保全プロジェクト? 何それ?」
「・・・」
「人を保全する計画をやめるってことは、政府が人を殺しちゃうわけ?」
「宮本さんって、そういうところ、鋭いのね・・・」
「マジかよ・・・」
絶句する他なかった。俺が生きていた時代には、公然と政府が人を殺すことは、犯罪を犯して死刑にでもならない限りは、幾らなんでもありえない。でも、死んだ俺が何かの都合で生き返らせられ、こうして女の部屋でテレビ見ているということは、神の領域とされていた生命を操作するところまで人類の技術はとっくの昔に踏み込んでいるということでもある。何かの事情で死者に再度生命を吹き込む一方で、生きている人間を別の事情で抹消する。人権などというくだらない概念を振り回す気は毛頭ないが、一方で相当危うくて不安定な社会だということも実感した。ひょっとして、俺は生き返ってきてはいけない人間だったのではなかろうか。
『・・・以上、特別大統領演説を終了いたします』
しまった。また思索の海を泳いでしまった。大統領閣下の締めのお言葉を見事聞き逃したぜ。るなも、見るからに沈痛な面持ちでうつむいたまま黙っている。放送が終了して、にわかに訪れた静寂の中で、二人向かい合ってクッションに座ったまま微動だにしない。コースターにさっきまでなみなみと注がれていた清酒『するめ坂』もいまはからっぽになってしまっている。
「なあ、るなちゃん!」
「・・・は、はい」
「ちょっと散歩にでも行こうぜ。すっかり酔いがさめちまったよ。なぁに、そんな考えるこたぁねえだろ、戦争なんかきっとすぐに終わるよ。大丈夫だって」
「そうですね・・・」
無理に明るく振舞った挙句、根拠のない見通しを言っちまった。何を考えているんだ、俺は。でも、少しでもるなの気が紛れるように何かしてやるのが、いまの俺に出来る唯一の善意だと思った。
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「うわあ」
俺は目を丸くした。でっかいビルが林立、というか、地面から空見えないところまで、きらきら光るガラス張りの建物が建ち並び、直線ではなく緩い曲線を描いたビルの壁には延々と続くショーウィンドウが、赤、黄色、青、橙その他様々な色彩を道端に投げ捨てながら、道の果てまでずっと続いている。道幅二十メートルはあろうかという歩道の両脇には目当ての品物を物色する人の塊が逆らいがたい流れを作ったままごったがえし、道の真ん中ではところどころに見たこともない管状の楽器を手に持った連中がトゲトゲの奇抜な服装を見せつけつつ軽快なサウンドを夜の街に垂れ流していた。ビルとビルの切れ間にさえも、ちょっとした小物を売りつけようと簡易売店みたいなものが怪しげなライトとポップを発して、触手を伸ばしたさんご礁のように道行く人をたらしこもうと切ない努力を続けている。
「ここが、東京の第二階層、一番人通りの多いところですね」
「これでも第二階層ってことは、まだ上があるってことだね」
「はい」
どんなに見上げて、目を凝らしても、この第二階層の天井らしきものは目に届かない。夜だから暗くて見えないのか、それとも見えないくらい高いところにあるのか分からないが、ビルの上のほうではチューブ状のエアシューターが至るところに張り巡らされて、中を人が高速で移動しているのが見える。時々エアシューターを使わずに空を飛んでいる奴がいるが、たぶん俺の生きた時代でいうバイクみたいなものなんだろう。
「なあ、これが本当に戦争しようっていう街のあるべき姿なのか?」
「でも、そういう私たちだって、人恋しさに街に繰り出しているでしょう?」るなは、いたずらっぽく笑った。よかった、ちっとは気晴らしにはなっているようだな。
「間違いない。俺たち、恋人同士と思われてんのかな」
「うふふ、どうでしょう」
手を繋ごうか、と言おうとして、やめた。まだ早い。帰り道にしよう。それにしても、最先端の技術をいろいろ見せられて驚き放題だったものの、いまこうしてショッピングウィンドウを見ていると、服だとかカバンだとか靴だとか、見慣れたものしか置いてない。もちろんその一つひとつには高度なものが詰まっているのかも知れないが、人間の物欲なんてものは意外とその程度のものなのだろうか。すれ違う連中も、時折髪の毛の色が青だの緑だの赤だのというのもいるが、他の奴らはごく普通に真っ当な感じだ。カップルもいれば、ハゲもいるしデブも年寄りもいる。何だかほっとすると同時に、ほんのちょっとだけがっかりした。何しろ千年後なのだから、もっと化け物みたいなのとか、手が七、八本あるような凄いのがうろうろしているのではないかと期待していたんだが。
まあ当然、これだけの人がいるということは、非合法っぽくてあやしい歓楽街なんてのもあるんだろうな。超場末で街中のイカレポンチがバカ面下げてたむろするような、この世の快楽の全てを凝縮したようなクールでホットなイカしたスポットが。いまはまさか、るなと二人で来ていることだし、今度、ひとりで来た時にでも探検してみよう・・・ひとりで?
ここで、ふと思い出す。俺が寝ていた時に、リッセンとかいうおっさんの吐いた言葉が。『明日一日、東京にいるガイドの指示に従って行動してください』『その後、貴方にはこちらのコロニーに来て頂きます』。こちらのコロニー?
『貴方は、これから遠いところに旅立つの』。明日、俺は遠いところに旅に出る? 遠いところというのは、もしや、コロニー。待てよ。さっき、いかつい顔つきの大統領が、独立したがるコロニーに宣戦布告していなかったか。もの凄い勢いで。もしかして、この俺は・・・。
「ねえ宮本さん! ちょっとこっち来てみてください!」
るなの呼ぶ声で、はっと我に返る。
「ど、どうしたんだ、るなちゃん」
るなは、何やらショーウィンドウに手と額をくっつけて覗き込んでいた。ウィンドウには、緑と薄い青で”アノニマス・フィールド”と書かれたセンスのよいロゴが見下ろしていて、首のない動くマネキンが五体ほど、軽妙な動作でリズミカルに踊り、ドレスアップしたその体を競い合っていた。
「かわいい・・・」
俺としては、首のない体が服を着て動いているというだけで充分オカルトな気がして、率直に申し上げて微妙な心境なのだが、そんなことはこの際どうでもいい。
「へえ、それなりのデザインなんだな。千年前でも充分イケてると思うぜ」
「ほめ言葉になってないと思うんです・・・」
「そか。でも、どれも似合うと思うぜ。るなちゃんなら」
と言いながら、理沙のことを思い出してしまった。俺が死んだ日それは彼女の誕生日、俺は彼女に服をプレゼントする約束を交わしていたのだが、バイクを買っちまって文字通り文無しになっていた俺は、半分泣きそうになりながら千葉ねずみ園へ連れてくことで許してもらおうとしたのだった。もちろん、入場するだけの金はない。外から、眺めるだけ。そんな俺を、一緒に居られるだけでとっても大事なプレゼントだから、と許してくれた。・・・理沙。
いかん。どうも今日の俺は物思いに耽り過ぎる。目の前の物件に集中しなくては。
「いいなあ・・・」
「どれが一番気に入ってるの?」
「あれです」
「むぅ、あの青いチェック地の奴か。いいんじゃないか、最高に似合うよ、きっと」
「ほんとですか!」
見るからに嬉しそうだ。うん、買ってやる、と喉のところまで言葉が出掛かって、危うく抑えた。よく考えたら、今俺は幾ら持っているのかも、あれが幾らなのかも、そもそもどうすれば買えるのかすら知らない。
「どうしたんですか、宮本さん」
「いや、何でもない。とりあえず、中、入ってみようぜ。買うにせよ買わないにせよ、試着ぐらいはできるだろ。この俺がバッチリ品定めしてやるぜ」
「・・・」
「・・・なあ?」
「・・・帰ろう」
「え?」
「もう・・・帰ろうよ・・・」
何故か突然、打ちひしがれたようにしょんぼりして、るなはウィンドウを離れると、元来た道をとぼとぼと歩き始めた。一体全体何だって言うんだ。
「なあ、るなちゃん、どうしたんだよ」
「ううん、何でもない、です、ちょっと、疲れただけ、です」
「そんなわけないだろ、俺、何か悪いこと言ったかな。ごめんよ」
「いえ、ほんと、本当に何でもないんです」
「ほら、ほら、今にも泣きそうじゃないか。わけを話してくれよ」
力なく歩くるなの前に立って、軽く両手でるなの小さな肩を押さえ、うつむくるなの頭に、額をくっつけた。るなは、はっとして、俺の瞳を見上げた。
「何も、隠すことはないだろ。全部教えてくれるって、言ったじゃないか」
「あ・・・宮本さん・・・」
しばらく、二人で見詰め合っていた。
「なあ、俺さ、本当に何も知らないから。るなちゃんを傷つけてしまったのなら、謝るよ」
「宮本さん」
「マジで、知りたいんだ、この時代のことも、君のことも。だからさ・・・」
るなの小さな唇が、凄く近くに感じる。わずか十センチの間をどう詰めるか、軽い逡巡があって、るなの視点が交互に俺の左右の目を見詰めている。よし、ここは思い切って・・・。
「宮本さん!」
にわかに殺気を感じた。それも複数の。はっとして周囲を見渡すと、好奇心と侮蔑と下世話な感情を凝縮した野次馬根性で顔面を満たした百人単位のギャラリーが、俺たち二人を半径十メートル前後という絶妙の間合いで取り囲み、固唾を呑んで事態の成り行きを見守っている。
「わたし、恥ずかしいです・・・」
「すまん、帰ろう」
俺が最大限の努力を払うべき内容は、何事もなかったかのように、この場を立ち去ることだけだった。立ち去るさ。ああ、立ち去ってやるとも。小声のブーイングが後ろで渦巻いているのが分かる。俺の背中に突き刺さる「この根性無しが」という無言で多数の感想が、俺の前途が多難であることを暗示している気がしてならなかった。
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