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『上に政策あれば、下に対策あり』
-- ユダヤの諺
白と黒に彩られた地平線から、赤い地球が左半分を太陽に照らされ、半球状となって浮かび上がる。壁全面に張られた強化ガラスからそのさまを見ながら、ダハル・オーサは固く手のひらを背中で組んでいた。
地球連邦、月面基地。いま、まさに出撃しようという連邦第一艦隊の一部が、月の重力圏内で遊弋している。五年という歳月を経て、いま再びダハル・オーサは自分がこれから遂行するべき作戦について想像を巡らしていた。
一隻、また一隻、最新鋭の長距離ミサイル巡航艦が月面基地を飛び立っていく。歴戦の将であるダハル・オーサにとって、今回の戦いもまた、彼の華やかなる戦勝の歴史の一ページとして加えられるであろう。叩き上げの軍人であるダハル・オーサは、その人生の全てを戦争と言う舞台で輝かせてきた。彼にとって戦争とは全てであり、采配を振るうことが彼に与えられた使命だった。
小型戦闘艇全盛時代、彼は一人のパイロットとして偉大な連邦軍に入隊し、前人未到の八百六十八機撃墜、シーズン撃墜記録五十五機という驚くべき記録を残した。この功績により、現役のパイロットを退いた後も、司令官として前線にあり続けた。
やがて小型戦闘艇による宙中戦の時代から、ミサイル、レーザー、レールガンを搭載した大型艦による艦隊戦へと時代は移り、戦術面でも大きな革新に直面すると、彼は有能な小部隊を小刻みに継続投入(継投)して敵を圧倒する作戦を編み出し、大きな戦果を連邦にもたらした。勝ち目のある局面になると、当時最強の部隊長であった鹿取を惜しみなく投入し、勝利を確実なものにしていった。敵にしてみると、右サイドから出てくる鹿取の落差あるミサイルは死神そのものだったに違いない。
地球連邦軍元帥に上り詰めたいまでも、新戦力の発掘、育成に余念がない。斉藤、和田、杉内、新垣、寺原、ナイトという六人の強力な部隊長を育成し、局地戦で次々と戦績を挙げていった。
その一方で、地球連邦を脅かす組織的な戦闘から、”白き獅子団”に代表されるゲリラ兵による襲撃が相次いだ。サイキッカー、エスパー特有の機動力を持つ彼らの捕捉は容易でなく、かつ、身柄を確保しても彼らは平気で自刃してしまい、彼らの目的はおろか、その正体すらも判然としない。地球連邦軍の軍備展開を読みきったかのように各地でテロを繰り返し、ダハル・オーサの神経を逆撫でしていた。
「失礼します」
ダハル・オーサが振り返ると、補給部隊司令官の吉永少将が敬礼し、入室してきた。
「吉永か。進撃準備は整ったか」ダハル・オーサは苛々したように問うた。
「はっ、いつでも出撃できる体勢におります」
ダハル・オーサは吉永が嫌いだった。前々回の戦争の時、出撃陣形の中に吉永を入れなかったところ、吉永は「どうして使ってくれないんだ」と従軍記者にこぼした。それが、吉永の談話として翌日の新聞に小見出しで掲載され、朝食時にそれを目にしたダハル・オーサは実に不愉快な朝のひと時を送って以来、いつか連邦軍本隊から辺境の守備隊送りにしてやろうと機会を伺っていた。
「では、二十分後に本隊も出撃する。そう伝えよ」
「はっ」
吉永は出て行った。デブのくせに小走りしやがって。心の中で一くさりした後、ダハル・オーサは再び虚空の宇宙に目をやった。
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「解析はうまくいってる?」
南雲サキは、軽い気持ちで和田に問いかけ、後悔した。和田は陰鬱な表情で振り返ると、首を振った。
”白き獅子団”の本拠地は、天王星軌道上、墜とされて廃棄された宇宙コロニー・トンビの一角にある。太陽から遠く離れたトンビは、五年前の独立戦争で地球連邦からの独立に失敗し、滅ぼされたコロニーのひとつである。
もともと辺境にあったため、物資も満足に供給されず、非常に貧しいコロニーのひとつだった。天王星の大気にふんだんに含まれるメタンと、強大な天王星の重力を利用したエネルギー開発、そして衛星群が持つ豊富な鉱物資源を輸出品として、三百万人の人口を細々と養っていた。
「結局、今回もハズレだったってわけだ」小関は軽口を叩く。右肩に巻かれた包帯が痛々しい。しかし、持ち前の明るさがチームの活気となっていることもあり、怪我を理由に和田が小関を遠ざけることはなかった。「結構苦労したんだけどなー」
「ねえ、あそこの研究室では、つまりは何をしていたの?」
奥のコントロールパネルと睨めっこしていた帆足が振り返る。「ちょっと、静かに喋ってくれる?」
「ごめん」サキは小声で返した。
「せいぜい良く言って、太陽光の波長を調べてるってとこまでだな」小関は肩をすくめながら、若い研究者である帆足に気を使うように、さらに小声で話す。
「凄い巨大兵器を開発してるって情報に間違いはないはずなんだけど」
「どちらかっていうと、凄い無駄足を食らわされた、って方が正確だったかな」
「じゃ、爆破までして、意味なかったじゃない」と言いたいところだが、サキは我慢した。恐らく、皆同じ思いだろう。
天王星には、地球にとっての月ほども太陽光が届かない。限りなく、凍てついた惑星。トンビで生まれたサキにとって、太陽も地球もあまり身近な存在ではない。生まれ故郷を奪った地球連邦が許せない、その感情だけがサキを突き動かしていた。
貧しい衛星鉱山労働者だったサキの父親は、連邦の軍勢が迫ると敗戦濃厚の反乱軍の兵士として徴用されていった。そんな父の唯一の趣味が、狭い自宅の一角に小さな花壇を作って栽培していた朝顔。数ヶ月に一度、小さな朝顔の花が咲くと、あまり表情を表に出さない父が少し笑った。
サキは、母親を知らなかった。生まれたときから、父との二人暮し。そんな父はサキを学校にやらなかった。サキの<力>を知っていたからだ。父もまた、<力>を持っていたし、天王星軌道上という過酷な環境で生活を続けていくには、多かれ少なかれ<力>が必要だったのだ。だが、サキのそれは普通を上回っていた。だから、良く考えた上で、サキを学校に入れなかったのだと、いまになってサキは思う。それでも、孤独はあまり気にならないサキは、時として一ヶ月近く家を留守にする父を待つように、ずっと家で本を読んだり恒星間放送を見たり光速ネットで遊んだりして暮らしていた。
初めてサキが自分の<力>を知ったのは、偶然の産物だった。サキは子供の頃からよく夢を見た。あるとき、誰か見知らぬ男が自分を襲ってくる悪夢から覚めると、目の前の暗い、灰色の天王星に、寝巻のまま落ちていく最中だった。わけも分からず速い速度で落下していき、巨大な重力がサキを引き裂こうとする瞬間、父親の胸の中に納まった。
はじめての宇宙空間。それは恐怖であったが、一方で無限の魅力をサキは感じた。いつもは薄い緑色でやさしく微笑む天王星に落ちていく無力さと、抱きとめた父親の暖かさ。難なく自室へテレポートしてきた父親は、ふんわりと「もうそんな年頃だったかな」と笑った。いつも朝顔に向けていたような笑顔で。
「違う情報レベルのものがあるかも知れん」和田は珍しく独り言を言った。
サキにとって、”白き獅子団”は第二の家族だった。父親は戦場に赴く前に、トンビからサキを第五衛星にある無人鉱山基地に送った。かつて、自分が働いていた職場だ。ようやく十歳になろうかというサキが、鉱山鉄道を降りて鉱山基地の管制室に入ろうとしたとき、出てきたのは歯ブラシを片手に口元を泡だらけにした和田だった。サキが和田の焦った姿を見たのは、あれが最初で最後だったように思う。何しろ、茶色のタンクトップに、愛らしいウサギちゃんのトランクス一枚だったから。
帆足が振り返る。「全然違うものが出てきましたね」
「なんだ」
「”日本政府プロジェクト「いたこ」”に関わるものですが」
「そうか」和田は、つややかな自分の頭をなでた。
「もう一段、深い情報レベルの構造もあるみたいです」
「続けろ」
「は?」
「いたこを調べろ」
「え? でもこれは、連邦ではなく、その下部組織の日本政府の国家プロジェクトのようですが」
「続けろ」
帆足は、再びコントロールパネルに向かった。
「サキ、俺は少し冬眠する」
「何かあったら起こす?」
「いたこが分かったら、起こしてくれ」
和田は、必要最低限のことしか話さない。必要以上に怒らないし、必要ないので笑わない。サキにとっては、生きているのか死んでいるのか分からない自分の父親に和田を擬して、そっと尊敬しているのだった。
「分かったわ、ハゲ」サキは、愛情を込めて言った。
「ハゲは余計だ」
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