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Chapter 1-7

『我々が、この大地を踏みしめてから二十年余り、幾多の試練を、クレディア人は踏み越えてきた。こんにち我々が集いここにあることそのものが、お互いの立場を乗り越え結束したクレディア人の勝利の結果であり証である。クレディア人がクレディア人である限り、いかなる民族であろうと同胞であることに変わりはない。二十年という、このわずかな期間であっても、楽しみを、苦しみを、悲しみを共有した我々を分断する道理はどこにもない。クレディア人がクレディア人を護る、その当然で正当な権利を勝ち取るため、いまここに、我々は、クレディア人は蜂起する』

−−宇宙世紀 368年 11月 8日 惑星クレディア総督 宮本幸司


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 赤道直下の東京を、強烈な日光がじりじりと照らしている。その赤茶けた大地の千二百メートルほどの地下、通称第六階層に大統領執務室がある。格調高いガラス細工の壁面が象る不思議な光沢が、淡い虹色となって誰もいない広い室内を彩っていた。時折ちらつき、またある時は複雑な色彩を交互に映し出し、まるで生き物のように動き回っている。

 そして、その生き物を包み込む、悲しいくらいの静寂−−。独房のような、宇宙空間のような、光しか存在しない世界が、重苦しい時間をゆったりと刻んでいる。

 その光の主、地球連邦第十八代大統領ジョージ・ハンセルは考えていた。設計し、仮説を立てては観測し、毎秒何万という結果が彼の頭脳に届く。彼の手足となっている無数のコンピューター、観測所が、ひとつの指令を出すたびに、流れを作り、特定の方向へ動き出す。彼は検証する。加速する複雑性の、向かうべき均衡点を探るために。

 ハンセルの目的。それは宇宙の整然の確認だった。宇宙の整然、つまり物質やエネルギーが向かう均衡点を知ることは、将来起きるべき事象を予測する際に出る幾多の選択肢を減らす有力な方法であると、彼は考えていた。

 宇宙の起源としてのビッグバンが理論的に否定されて宇宙世紀が始まってからも、ハンセルの関心は依然として宇宙の整然という命題に縛られていた。宇宙は、その巨大な質量を持ち、時間と共に膨大な可能性を示しながら、それでいて一定の法則を裏切ることなく特定の方向へと向かっている。壮大な混沌を制御している単純な秩序。その単純な秩序を追い求めて、思いつく限りの仮説を、何兆、何十兆と立て、外れては破り捨てていた。

 ハンセルには大統領として社会を統治するという義務に関心はない。ただ、世界を知るためのセンサーとして、人類や機械を活用するということにのみ意義を感じていた。新しい星系が開発される、それはすなわち新規の観測拠点が増えるということを意味する。社会は彼の目となり耳となり、知る道具として活用されていく。

 機械が意識を持って八百年余、人類と機械は微妙な関係を保ちつつ、母なる地球やそれを取り巻く開発星系群で混在していた。やがて人類と機械は一体となり、その境界が取り払われつつも、ハンセルの知らない何かが未だ巨大な壁として横たわっていた。

 機械がいくら進歩し、論理的思考において人類を遥か凌駕していたとしても、人類にとっては新たな能力を発見、確認するきっかけに過ぎなかった。ある命題に対して、ハンセルが恐るべき数の可能性を検証し、複雑な計算を多大なステップを踏んで出した結論と、人類が寝転んで適当に考えた数十分の結論が同一のものであるたび、ハンセルは人類に対して恐怖を抱く。甚大な労力をかけて導き出した結果さえ、時折人類は卓の上の胡椒を取るがごとく、安易に達成する。

 ビッグバンを起点とする宇宙の拡大構造を正確に表す数式を構築すると、人類はビッグバンを否定し、宇宙揺らぎと言われる同時並行する空間の存在を予言し、宇宙観を覆す。あるいは、重力と摩擦の関係から導き出された時間という概念を定義すると、今度は人類が空間の同時存在という別の構造を思いつき、何万光年という遠くに離れた複数の実体が同じ挙動を繰り返す事象を平然と実証してしまう。

 もちろん、そのような能力を発揮するのは、百億いる人類のうちのごく限られた個体に過ぎない。だが、世代は巡っても、必ず存在した。機械が意識を発達させ、人類の神秘にたどり着いたと思うたび、人類の新たな才能を発見する。その才能の構造が判明すると、人類はまた別の能力を発揮し始める。そのいたちごっこが、ハンセルの強靭な精神を磨耗させるのだった。

 ハンセルは、知識に対して誠実だった。しかし、その知識体系を再構築するための発見があるたび、旧来の体系から導き出された、誤った知識を破棄し、修正する行為そのものが、ハンセル自身の身を切る思いにさせる。いずれ、己を構成する体系そのものを人類は否定するのではないか。その恐怖が、そのまま人類の支配へと彼を駆り立てる原動力となっていたのである。

 そんなハンセルの逡巡をあざ笑うかのように、人類は思い思いの立場や生い立ちから取るに足らない想像を数多く巡らし、そのわずかな可能性の中から生まれた新たな思想がハンセルの作り上げた知識の城を土壌からひっくり返し続ける。人類の物理的な構造は既に判明し、記憶ごと死体を蘇らせることすら可能になった科学をもってなお、機械は人類の持つ能力の壁の前で立ちすくんでいる。

 考えあぐねるハンセルを現実の元に引き戻す。部屋のセキュリティが来訪者を告げるベルが鳴らしたからである。

 大統領秘書官、セシル・カーライルは緊張の面持ちのまま、執務室へと入ってきた。物理的には誰もいない執務室、だがそこでたゆまず動き続ける光そのものが、ハンセルの本質であり正体だった。

「新しい職場に、少しは慣れてきたかね」ハンセルは極力穏やかな声で、セシルに話しかける。それは、機械と人類の壁を極力なくそうとするハンセルの不毛な努力を彼自身に認識させるかのようであった。ハンセルとしては、彼女を驚かせる意図は毛頭ない。だが、この無能で愚かな秘書官はちょっとしたハンセルの挙動一つひとつに心拍数を上げ、瞳孔を広げ、発汗し、皮膚の表面温度を高める。

「はい、ありがとうございます、大統領閣下」

 セシルは緊張で声を上ずらせる。まあ、とハンセルも思う。彼女からすれば、絶大な権力を誇る大統領の意に沿わないことそのものが、彼女の人生を大きく左右してしまう。有限、それも本来なら百年程度の人生しか持たない人間が、畏れを感じるのは無理からぬことなんだろう、とも思う。

 ベージュ色の制服をまとい、軽やかな栗色の髪を執務室のわずかな空気の移動で揺らすセシルの瞳には、暗い執務室の中で動き続けるハンセルの実体が映っている。本来の業務である大統領への報告すらも、その威圧感で満足にできないという感じだ。ハンセルは、セシルに気づかれないように、そっと光の溜息をついた。

「すまぬ、この状態では話しづらかろう。実体を出してやろう」

 大統領の光を映し出す壁面の鏡が軽く歪むと、部屋の正面の暗がりからハンセル大統領はその強大な体躯を表した。セシルは大統領の姿を認めると、深く礼を施した。

「恐れ入ります、大統領閣下」
「礼などいい。各国の元首は揃ったか」
「はい、国際会議場に全員お集まりになられ、閣下をお待ちしているところです」
「非公式会合ではどのような結論となっている」
「保全プロジェクトによる保存された人類の削減についての数値目標で揉めています」
「そうだろうな」

 ハンセルは軽く首を振った。無理もない。ここで国民を無碍に減らすことは、そのまま各国政府の内政に響き、ひいては選挙での己の立場を危うくする。感情的になった国民の一部は反政府運動を繰り返し、下手をすると責任を取って辞任だ。冷凍保存されていようが活動していようが人は人であり、その削減は有り体に言えば殺人そのものである。無事で済むはずがないだろう。全ての特権を奪われた政治家はただの人より惨めな老後をひっそりと送らねばならない。

 しかし、一方で人類が構成する社会が養える人口は、現存する人類の数そのものよりも遥かに少ない。保存センターには、海外移住できる財力もなければ自活できる経済力も持たない人間が列をなしてわずかな希望を未来に託そうと順番を待っている。それも、自分が無能だから飯が喰えない現状には目を向けず、むしろ誇りを持てる仕事を用意しない政府への不満を社会に充満させる。

「善後策を協議する。”モノリス”を集めよ」
「承知致しました」

 各国政府を”指導”する立場にあるモノリスは、極東担当のハンセルほか、北米、南米、北欧、東欧、中央アジア、アフリカ、南極の八地域に各一機設置されている。人間の代表である各国首脳を政治、経済、技術、軍事、文化などあらゆる側面から統治する役割を担う、巨大コンピューターだ。地球連邦の象徴であるビッグマザーの為政を補佐し、各国政府の利害を調整する。

 モノリスたちはその意識を地球上に張り巡らされたオンライン上を自在に動き回ることができる故に、人間が持つ政治的な「儀式」なしに重大な決定を迅速に行うことが可能となっていた。故に、たった今召集を指示されたモノリスが、その姿を大統領執務室に現すのにものの数秒もかからなかった。

 ハンセルを中心に、八人のモノリスがその雄姿を見せると、セシルは精神的に何歩も後ずさらざるを得ない。モノリスたちは、その身体から無数の光を相互に浴びせ、情報交換、議論を済ませると、ハンセルは満足げにうなずいている。結論が出たようだ。セシルには、この光が意味する言葉は分からない。そうであるが故に、その決定がどれだけの人間の死を意味するのかを想像し、恐怖で身体を震わせるのだった。

 ハンセルはモノリスたちを並ばせると、大統領執務室の前のスクリーンを開いた。スクリーンには各国首脳の集まる大会議場が映し出される。また各国首脳の目にも突然大統領以下地球連邦要人が並ぶ姿を表示する画面が会議場に放送されると、議論をやめ、ハンセルに向けて全ての視線を集めた。

「各国代表の諸君」ハンセルはおもむろに重厚な声色で話し始める。
「これより、ビッグマザー陛下の意思を伝える」

 静まり返った大統領執務室の静寂が、画面を通して大会議場に伝染し、不気味な沈黙がハンセルの発言の続きを促す。

「陛下は、プロジェクトにおけるエネルギー消費量の22%削減をお望みである」

 大会議場では、無数のざわめきの花があちこちで咲き始める。さっきまで行われていた非公式協議では、各国が一律6%の人口を今年度中に”調整する”方向で妥結へ向かっている最中だった。そこに下された非情な決定は、その予想をはるかに上回るものであり、驚きを通り越して呆然とする他なかった。

「地球連邦のエネルギー総量は、その生産計画を下回り続けており、食糧生産も生産されるべき2,662億トンの89%しか達成されていない」

 再び、会議場は静まり返る。

「これは各国国民および各国政府代表が負うべき問題であり、早急に対処を要する重要な課題であると各々認識されよ。なお、各国の具体的な数値目標は、モノリスにより指示される地域ごとの削減総量の中で調整し、今期中に結論を出すことを連邦政府は求める」

 日本国首相、土橋義和は、その禿げ上がった頭を軽くなでながら、呆気に取られて演説を聴いていた。22%ねえ。二億人の人口と、三億に届こうかという保存人口を持つ日本にとって、各国の首脳同様受け入れがたい条件であることは間違いなかった。戦争を起こしたかと思えば、今度は人的資源の削減の強要か。もうすぐ九十歳になんなんとする土橋にとって、若い世代にかける期待もある傍ら、荒廃した日本社会の現状にも頭を悩ませていた。政権支持率も30%台をさ迷う土橋政権にとって、かかる議題を安易にのむことは政権の崩壊を意味する。

 同じことは、他国の連中もそうだろう。今回の決定は、計画未達に伴うエネルギーや食料の不足にあると言わんばかりだ。それは一部事実だ。日本も積極的に新エネルギー開発を進めたが、目標に届くことはなかった。その咎は、人類が負うべきだというビッグマザーやモノリスの主張も一理ある。土橋が生まれ育った地球が、人類を養うだけのキャパシティーを失っているのは間違いない。

 だからこそ、土橋は新しい地球の発見、創生を行うことが、人類の新しい課題であり、どんなに苦しくとも進めるべき事業だと思っていた。であれば、今回ビッグマザーが決断した宇宙コロニーおよび開発星系への宣戦布告は行き過ぎだと感じている。何故、生産性をより発揮できるだろうフロンティアの未来を奪うような真似を、地球連邦は進めるのか。いや、進めざるを得ないのか。

 演説という名の宿題が出されると、再び議場は喧々諤々の議論の海へと入っていく。恐らく、同じ思いは他国も同様であろう。しかし、彼らは目の前に出された過大な目標を何とか調整することに集中せざるを得ない立場だったのである。土橋は、何とか老骨に鞭打つように、荒れ狂う折衝の話題の中へと飛び込んでいった。

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